宇野日出夫『八瀬童子 歴史と文化』(思文閣出版)

 八瀬童子―歴史と文化
八瀬童子―歴史と文化
 八瀬童子について、初めて完全な一次史料に基づいて書かれた本。
 八瀬童子には、猪瀬直樹天皇の影法師』を読んで以来興味は持っていました。Wikiによる記事はこちら。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%80%AC%E7%AB%A5%E5%AD%90
 八瀬童子、というとこれまでなかなか確かな資料(つまり、一次資料)が少なかったり隠されていたりして、非常にスキャンダラスに語り継がれてきたというか、文字通り「天皇家の忍者」的扱いで、小説にはちょこちょこ出てきてますが。
 やっとこの本で、最も妥当な姿が紹介されてたことになりますかね。
 分厚い本ではなくて、史料を引きつつ、発祥から現代に至るまでのアウトラインが正しくわかる、という本。入門でもあり唯一のまとまった本でもある、というところ。
 じゃあ『天皇の影法師』は八瀬童子についての本じゃないのかよ、というと、前にも書いた通りそういうわけではなく、これはこれで、抜群の取材力を生かして、インタビューなども交えてそれなりに書かれており、本の本題はここから元号「昭和」決定を巡るドタバタへと発展していく。確かに、読んだ時は、「おいおい、八瀬童子はどうなったんだよ!」と思った憶えはある(笑)
 さて、八瀬童子は、半ば伝説である「矢瀬」→「八瀬」の由来から始まり、史実としては後醍醐天皇のお墨付きあたりから姿を現す。そして現代では、天皇の普段の輿を担ぐという仕事はないけれども、長い長い由緒と伝統は皇室にも理解されており、主に葬儀の際にオブザーバー的な立場や、霊柩を車から輿へ、輿から車へと移す時に参加する…と言った形でしっかり関わっていく。本文中に引かれた新聞記事で、八瀬童子会の会長が仰っていた、
「伝統と心意気は示せた」
という言葉、著者同様に私も好きですね。伝統と心意気。本当に何でも、心意気なくしては伝統は受け継げません。心意気。いい言葉だなあ。
 また、本文中で『天皇の影法師』も引用されているのですが、
「作家猪瀬直樹著『天皇の影法師』」
と書かれている。
 普通に「猪瀬直樹の『天皇の影法師』」でないところに、「こちらは学者、向こうはあくまで作家」という自負、いや、ぶっちゃけ、差別が見えますな(笑)。ま、猪瀬さんに味方するわけじゃないけど、学者ってそういうところはありますね。相手には「作家」ってつけとかないと安心できないのもそのせいかね。先に書かれちゃった、というのもあるけど、確かに、『影法師』は、元々普段から輿を担いだり祖先の功績で免税特権(終戦まで続いた!)もあったりしたのに、余りにも「葬儀の際に担ぐ」という面だけを強調したという”罪”もあるしね。とはいえ、引用の仕方自体は非常に好意的です。ただ、あくまで「作家猪瀬直樹」としてる所に、プライドちゅうか特権意識というかがプンプン臭うぞと(笑)
 まあそんな、ちょっと鼻につく一瞬もあったものの(笑)、やっと一次史料が公開され、わかりやすく全貌が明らかにされて、八瀬童子に関する研究が一般に浸透していくのは正にこれから、という嬉しい印象を受けた本です。