イアン・ランキン 延原泰子他訳『貧者の晩餐会』（ハヤカワ・ミステリ文庫）
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同シリーズの『やさしい小さな手』と『夜の冒険』のレビューにも書いたが、イマイチこのシリーズの根拠がわからない。短篇の名手というならミステリに限らない。百歩譲って、早川書房がミステリに力を入れていると言っても、だったら何でこのシリーズに既存既刊の有名作家を入れて「二重売り」みたいなことをするのか。「ミステリの」短篇の名手、と言っていないなら、むしろこういう企画なら新しい作家でも発掘したら？その上、M.Z.リューインの『探偵学入門』に至っては、ポケミス版(これもリアルタイムで読んだ）より大幅に作品数が削られているという。何ソレ。
私はランキンの大ファンで、邦訳が定着してからはほぼリアルタイムだし、文庫化もリアルタイムで知っている。この『貧者の晩餐会』のポケミス版も、勿論刊行時に読んだ。そういえばその本家の方は、レビューしていたかな。
さて内容は、リーバス物とノン・シリーズの、どれも短篇の楽しみに満ちたものである。個人的にはリーバス好きなので、やっぱりリーバス物は、リーバスが生きて動いているだけで嬉しいってのもあるけど(そもそも、だから本家読んでるし！(笑))、他の作品も、ランキンのブラックさと稚気がたっぷり。巻末の解説には、リーバス物の本編にはない稚気、とか書いてあるけど、基本的にランキンは稚気たっぷりの作家だし、リーバスだって大人になりきれない良さがある(だから、著者自身でさえ作品の中でリーバスのことを「どこか憎めないところがある」と書いてしまってる！のは、ややメタに思われるほどだ(笑)）。…というか、面白い人は何だって書けるんですよ結局。解説とか批評ってのは、結局何かの枠に嵌めることでしかないんだなと、あらためて思います。ローレンス・ブロックにしろE.D.ホックにしろ、いい短篇って、怖さだったり可愛げだったりが魅力だし。短篇の楽しみは凝縮された面白さで、そのギュウギュウに詰まった中から、その作家の一番いいものがにじみ出てくる。よくいい俳優には色気と可愛げとか稚気と言われるけど、結局は人間の魅力や、人間が良いと思う物は、可愛げってことかな。
先に、シリーズ自体のわけわからなさを批判したが、巻末の解説も、1人の作家を紹介するというのは大変だとは思うけど、ランキンという作家を長く読んでいる者の眼からすればややくだくだしい。
引き合いに出している他の作家に対する尊敬も、やや…(まあこれはP.D.ジェイムズファンの僻みかもしれないけど)。それに、マイクル・コナリーのハリー・ボッシュとの類似なんて、今更だし。ゼロから説明しなくてはいけない相手を想定しているからしょうがないといえばしょうがないんだけど、終始違和感が。
この解説によれば、本書は、
「いまだランキンを体験していないというひとには、その才能を余すことなく目にすることができる最良の入門書となるだろうし、すでにランキンを愛読しているファンには、長編とはまたちがった魅力を教えてくれる清新な一冊になるだろう。」
あちゃ〜〜〜〜。後半が痛い。痛すぎる。まあこれは書いた人が悪いんじゃなくて早川書房が悪いんだけどね。
あのねえ。既にランキンを知ってる人なら、この『貧者の晩餐会』、ポケミス版で6年前に読んでますってば。なにこの厚顔(笑)。
そう思って、その後のイアン・ランキン著作リストには、当然のことながら、本書がない。普通はリストに含めて「本書」にすべきだし、今回の場合は、既にポケミス版があることを書いておくべき。二重売りがバレないよう、本家の方は黒歴史ですか？(笑)早川書房さん。
まあ、こんなシリーズに1冊文庫化するよりも、未訳の中期長編4冊と、2007年の最新作と、残ってる短編集とかを、早く翻訳して欲しいもんですな。
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