柳広司『ジョーカー・ゲーム』(角川書店)
ジョーカー・ゲーム | |
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柳作品の大ファンである。
『新世界』は既にレビューしている。他の作品にもその記事で言及しているはずだ。
この本、売れたらしい。
何かのTV番組で、「これでブレイクした柳広司」とか言われていた。
ちゃんちゃらおかしい。
元々この人の作品を読んできた人なら、「これも柳広司の1つの形」とわかる。が、初めて読む柳作品がこれという人には、柳広司の作風がつかめるとは言い難い。
前々から言っているように、柳広司と言えば、実在の人物をモチーフに、「最初はよくあるとっかかり、ところが大詰めではとんでもないスケールに」である。
この、「逆ガリバートンネル(しかも巨大)」みたいな、あっと驚くが実に巧妙に構築されたスケール超拡大のスキル。読み終わって暫く空いた口が塞がらない。怖い。とにかく怖い。このモチーフがこんなに深刻なテーマになっていくの、という。だが凄い。これぞ「読書」の楽しみだとつくづく思う、素晴らしい書き手である。
が(その1)、この『ジョーカー』は、スパイ機関を舞台とし、スパイが活動する話である。が(その2)、所謂「スパイ小説」(コン・ゲームもの)ではない。
元々読んできた人には、『トーキョー・プリズン』あたりから現れた、「戦争・軍事を舞台にした、心理戦的推理」という、謂わば”第二ステージ”に属する、やはり「推理小説短編集」だと思う(「現代史」という意味では、『新世界』からとも言える)。冒頭に書いた、「これも1つの柳広司の形」とはそういう意味である。それに、実在のものをモチーフにしているという点では、『トーキョー・プリズン』もこの『ジョーカー・ゲーム』も変わっていない。
ただ、第一ステージよりも内容がストレートで――前からの読者なら知っている、あのスケール拡大がいつ来るかいつ来るかという怖さはなく、最初から最後まで、あるがままの姿にストーリーが進行するため、「普通に、推理小説の短篇らしく切れ味鋭い作品の集まり」なのである。「柳広司だからこそ書けるのだ」と理解しようとしているのだが、どうもこのステージではまだ、「これよ、これ!」という強烈な読後感はないのだ。『トーキョー・プリズン』でもそういう感じはあった(この作品は正直、普通だったと思う)。初めて読む人にもとっつきやすくはなっただろうが。ただ、「この作品でブレイクした」とか言われても、やきもきやきもきするのはそういうもやもやのせいなのである。贅沢な要求なのだが。
というような、内容についてのもやもやは私の勝手である。が、有難くない変化がある。今までは、「夏目漱石い?ザビエルぅ?シュンポシオン?難しそう〜」だったものが、一見内容はわかりにくいが難しそうではないタイトルになったのは、まだいい。が、売れたのは、ミーハーというか、女性のイラストによる(売れるように媚びすぎって感じな)表紙になったことにも多くを負っているような気がして、個人的には腹立たしいことは否めない。正直、前からのファンとしてはかなり、装丁に違和感を覚える。あ、これも勝手な話か。
シリーズは続編もあるので、続けて全部読んだら、このシリーズで柳広司を知ったという人にも、段々この人の怖ろしさがわかってくることだろう。
それにしても、この本でブレイクしたのだとしたら、やっぱり世の中というのはワカラン。よくあることだが、ブレイクしてからブレイク前の作品や(歌手なら歌)を読んで(聴いて)、「何でこんなにいいものを書いて(作って)いたのに、知らなかったの」という体験を、この本で初めて柳作品を読んだ人は、するだろう。
私としては、「今売れてる『ジョーカー・ゲーム』を読んだよ」と口にするのは、初期作品を読んでからにしてほしい。
ちなみに私の印象に残っている作品は、『新世界』と、『聖フランシスコ・ザビエルの首』、そしてやはり『贋作「坊ちゃん」殺人事件』である。「スケール拡大ぶっ飛び」シリーズの原点は『「坊ちゃん」〜』にあると思う。
現代軍事ものもいいが、かつてのような「怖い驚き」をくれる作品もまた読みたい。
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