ねじめ正一『シーボルトの眼 出島絵師川原慶賀』集英社(読書日記)

シーボルトの眼 出島絵師 川原慶賀 (集英社文庫)
シーボルトの眼 出島絵師 川原慶賀 (集英社文庫)ねじめ 正一

集英社 2008-12-16
売り上げランキング : 521593


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 今年の4月に出ていて、偶々先日大型書店で平積みになっていたので発見。翌日図書館でゲット(買えよ)。
 使われている資料が、長崎の新聞などなかなかコア。ねじめ作品を読むのは初めてなのだが、その語り口にもすっかり魅せられた。
 慶賀は、非常に才能ある絵師で、17歳で日本人にも人望のかったオランダ商館長ドーフに取り立てられて「出島絵師」となり、数代の商館長に仕え、シーボルト事件に巻き込まれた人。シーボルトの日本での調査、そして著書『日本』に欠かせない絵師として超有名な人なので、そのあたりのことに興味を持っている人で彼を知らない人はいないだろう。
 この慶賀とシーボルトや長崎の人々、慶賀の恋などを、あたたかくしかもきっちりと描いた良い作品。
 27歳の医師・シーボルトが来日した時、慶賀は31歳、若き日から出島に出入りし、自分の技量に対する自負はもちろんのこと、正に働き盛りであった。だが慶賀はシーボルトから、お前の絵は「ニセモノ」と言われる。慶賀は驚くが、シーボルトは彼に、ウソをまことに見せる日本の絵ではなく、本当に本当の姿だけを描く絵を求める。私の眼になって付き従い、全てを描け、と。
 同時に、慶賀が最初にシーボルトに見せた絵が、シーボルトと、慶賀が娘のように可愛がっていた若く美しい遊女・たきとを結びつける―――
(ちなみに、たきについては、「余りにシーボルトが熱愛するので、実は遊女ではなかったという噂が出た」として、あくまで遊女説を採る)
 何と言っても主人公・慶賀がいい。さばけた所と、絵に対する真摯さ、プライド。天下一の絵師・葛飾北斎、その娘で同じく絵師の葛飾応為ら、周辺の人物も魅力的だ。代代わる商館長のそれぞれの人柄(人望ゼロなのがスチュルレル(笑))、小姓の少年ヤンソンの愛嬌、商館長ドーフの息子・丈吉。そしておたき。シーボルトの一番弟子・二宮敬作は後のおたき母子への献身を予感させる好人物。冒頭にしか登場しないが高野長英カッコイイ。
 異国情緒溢れる別天地・長崎の描写も生き生きとして楽しい。
色々と良い点はあるが、一番はやはり、慶賀と北斎という配置の妙。北斎は、慶賀とは逆に、「ウソをマコトのように見せる天才」なのだ。
慶賀は江戸で、何と、天下一の絵師・葛飾北斎とその娘・阿栄(葛飾応為)に出会う。不思議な絵師・阿栄に慶賀は様々な思いを抱く。北斎の絵と自分の絵の違いを学び、更に精進してゆく慶賀。
 シーボルトは「私の眼になれ」と言い、決して「いい絵師になれ」とは言っていないのだが、慶賀の、シーボルトの眼になってやる!という気持ちと、北斎やその娘に刺激される「絵師の根性」がうまくリンクしている所が、物語として非常に面白い。
 実は10数年前に、シーボルトが持ち帰った日本の風俗図の中に、北斎の作品が混ざっていることが判明している。ところがそれはやはり北斎を真の影響を受けた慶賀の絵!?という、内情がわかる向きには新たな謎も提供している・・・かもしれない。
 ねじめ作品は初めだが、この人の作風と言われる「あたたかさ」「やさしさ」は確かにバリバリ。全体に非常に軽やかで爽やかだし、正しく、日本で唯一外国船が出入りする長崎の港を見下ろす人々が浴びていたのであろう、長崎の風を感じられるような作品。
 小説は買わない・本は原価では買わないという二重の縛りではかなり厳しいが、文庫なら、あるいは半額以下であれば、お買い上げを検討。ってことは果てしなく遠いか・・・。

Amazon.jpレビュー
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087746933/250-9192714-3144221
慶賀についてはこちら。
http://www5.big.or.jp/~n-gakkai/katsudou/reikai/199802_01.html