本日のホン

開高健『小説家のメニュー』(中公文庫)

 メニューといってもレシピ集ではなく、軽いエッセイ集。ヤバめのものからチョコレートまで。
 チョコレート。ベルギーのブリュッセルの森の中のレストランのものが最高とか。ゴディバGODIVAより美味いとか。ちなみに、著者がこの本で「ゴダイバ」と書いている通り、若い女の子は知らんだろうが、このメーカーは本当に「ゴダイバ夫人」に因んでいる。お店の壁を見ればちゃんと、裸で馬に乗る夫人が描いてある。知っている男の子たちはついでに、「ピーピング・トム」についても教えてあげると話が弾むだろう(かなあ)。
 日本のワンタンは何故か肉がほとんど入っていないが、本物は肉タップリ。これって、吉田健一も書いていた。本当に日本のワンタンはどうなっているのだ。
 ドリアンの章。

もっとも、ドリアンを初めて食べた人の意見を聞くと、チーズを鼻の先にちらつかせられたナポレオンが、
「Pas ce soir,Josephine(ジョセフィーヌ、今宵はもうたくさんじゃ)」
と叫んだという、あの匂いがするという。クサヤの分解する匂いがするという。女体のある一部が、一週間ほど風呂に入らなかったときに匂うであろうような匂いだともいう。

とまあ、あの匂いといえば、あの匂いですな。
 しかし、この台詞は有名なんで知ってたが、チーズを近づけられて言ったのだとは知らなんだ。そこで思わずアレを連想したのだとしたら、恐るべし妻の力。(その上、あの時代だったら、へーきで一週間ぐらい風呂入らんよなぁ…。意せずしてリアルだ…。)
 これに限らずナポ君ってば、手紙の中でジョセフィーヌの顔や身体の各部について書いた最後に、「君の小さな黒い森」とか書いてますから(笑)
 深い、深いぞヨーロッパの覇者!(笑)
 そういやモーツァルトも、「君の×××(この部分、訳者も苦労するらしく色々な表現をしている)をきれいにして待ってて」とか「僕の○○○がこうして手紙を書いている机の上に顔を出して」とかへーきで書いてますな(マジです)。こういうあたりは、彼の死後、嫁さんやその再婚相手で彼の最初の伝記を書いたニッセンがかなり改竄、削除してしまってるのだが。チロルの方では別にそーゆー話ってのは明るく楽しいもんで別に恥ずかしいことではなかったそーで、モーツァルトの実家ではそーゆー言葉が飛び交っててもおかしくはなかったそーです。まぁ、そういう話が明るくできるっていうのが、本当の夫婦や家族の親しさなのかもね。
 男の方が親しくなるとあけっぴろげなのか女に甘えるのか、それはわかりませんが、少なくともあの当時は意志の疎通は手紙しかないわけで、今のように「書いて残るものにはまずいことは書けない」なんて思わなかったんでしょうなあ。
 話を戻すと、私はドリアンをカットした冷凍品しか嗅いだことがなく、「腐りかけた長ネギ」の匂いだと思いましたねえ。これは、持ち帰る間に解けてしまってまたそれを冷凍庫に入れたりしてたせいかもしれません。3ヶ月間、新しいものと交換しながら展示し続けるという機会があり、丸ごとのものも随分扱いましたが、丸ごとだと匂わないのです。あの匂いはあくまで、剥いて食べる時に初めてわかるものですね。