澁澤の周辺

『新文芸読本 澁澤龍彦』(河出書房新社

 昨夜から布団の中で読む。朝もしばし読む。今日図書館に返してしまうつもりだったが、ついつい手放せず。
 元々この「文芸読本」シリーズは、幅広い視点を得られるので好き。
 没後6年、1993年の発行。周囲の人間が見た澁澤龍彦。弔辞。コラム。写真。未発表原稿(少しだけどね)。
 「小柄で色白、弱っちく見えるが、実は肝っ玉の据わった”お兄ちゃん”キャラ(実際妹さんが3人いる)。でも、やっぱりどこか年上から見ても年下から見ても可愛い」
…こんな感じでしょうか。
 うーん。どの方のメッセージを見ても、本当に愛されていたんだな、と思いました。何だかこの本がとてもあたたかく、手放せなくなる(図書館の本だって!)。
 ムック形式ながら内容ギュウギュウ。入手は難しいが、ファン必携の一冊。
 写真もかなり載っており、1枚1枚の決まりっぷりに感心する。カメラを見て「撮られている」ものは勿論、どの写真もポーズをばっちりしかしさりげなく決めている。知らぬうちに撮られたものでさえ、どれ1枚として崩れた表情がない。この人はどんな一瞬も張り詰めていたのだろうか。けれど、向けられた微笑や笑顔には屈託がまるでない。確かに、誰もが言うように、永遠の少年だ。
 中年期以降のサングラスはとても似合っている。それ以前、20代の頃は、超童顔がそのままで、26、7でもせいぜい中学生にしか見えない!!!晩年―といっても50代―ではもう、年齢不詳だ。
 と、いう私の印象を裏付けるように、次に挙げる『回想の澁澤龍彦』の、確か妹さんの証言によれば、少々露出趣味もあり「撮られる」ことが好きだったという。堅い中流階級で、父がカメラ好きという幼年時代らしく、あの時代にしては子供の頃の写真がかなり残っているから、慣れていたということも基本にはあったろう。
 露出趣味といえば…ええ、この本にもちと2枚ほど(笑)確かに、普通の男ならこういう恰好では撮らせんわな(笑)と言っても、勿論三島由紀夫とは雲泥の差ですよ(笑)…そういえば、四谷シモン(彼の人形を澁澤は愛した)は、三島の自殺に、澁澤は「子供のように泣いていた」と書いている。三島は、「彼はエロティックな人間ではないからね」と言っていたそうだ(次項の本による)。幾らそういう分野を調べ考えても、澁澤自身は、ごく穏当な志向の持ち主という面が強かったらしい。
 私は、頭の中身も経験も乏しいので、作品の理解なぞ、本来すべき分の10分の1もないと思う。しかし、ただただ、その頭のよさ、という一言に集約される、日本語遣い、論理の明確さ、諧謔、韜晦…に感嘆する。
 どのみち、人が人を(作品であれ)「理解する」などということは不可能だと思う。年を取ったせいで気づいた。できるのはせいぜい「認める」「尊重する」ぐらいだろう。だがそれさえも難しいのだ。すごいと認めることができ、自分の矩を越えない程度に愛好すること、大事にすること、それでいいような気がする。筒井康隆もそうだが、凄い作家にはそういうことがわかってから出会ってからよかったと思う。(澁澤作品においては、その矩を簡単に越えてしまい…結局ヘンな理解をするのは、残念ながら、うら若い女性ファンかもしれない)。
 巻末にはこの年から刊行の『澁澤龍彦全集』の宣伝と申込書。色々な人が推薦文を書いているが、筒井康隆もいた。引用は避けるが、大変に見事な褒め言葉だった。

澁澤龍彦全集』編集委員会編『回想の澁澤龍彦』(河出書房新社

 全集の月報の加筆版。1章1章がかなり長く読みでがある。母上、妹さん、特に妹さんの明かす本当の姿は、実に可愛らしい兄上である。ごくごくノーマルな人である。本当の姿よりもずっと自分の像を作り上げていたらしい。例えば、本人は、最後まで母親に溺愛されたように言っていたが、妹さんによれば母上というのは非常に理知的な人で、感情に溺れるよりは話せばわかるタイプで、妹たちより長男を可愛がったことはなかったこと。むしろ、妹依存症で、結婚してからは奥さん任せ。マザコンではなく、「女秘書」的な存在を連れているのが好きだったらしい。トーストにバターさえ塗らない、本当に自分では何もしない。前項の本の、夫人・龍子さんのインタビューによれば、お金の払い方すらわからない。しかし、やればできる(笑)のに、やらない。
 確かに少し変わったところはあるけれど、結局のところ、小さい女の子的な相手がいつも必要で、虐めたいくせに頼っていたかったらしい(それは子供とはまた違って、サド同様に、どうも子供を持つことは自ら拒んでいたようだ)。要は…心のどこかの部分が完全に男の子のまま。まあ男には大なり小なりこういうところがあるが、これを可愛いと取るか馬鹿と取るか。あんまりひどいと、たいがいにしとけやオラァ、ですが(笑)、女の側も、自分が潰れない程度に遊んであげるのもいいかもしれません。女というのは自分が可愛がれる相手は自分で再生産できるので、男ほどには親に依存しないし、さっさと脱皮していくもので…そういえば、澁澤殿は人形愛好という面もあったが、これも、女は小さい頃はお人形遊びをしても、人形のようなものはいずれ自分で産めるから、大人になると離れるのかも。実際、大きくなってもお人形さんやモノに依存する人は、男の方が多いでしょう。全て、男は女ほどに、「親になってしまう」瞬間を身体で知らないこと、これに尽きる。
 全集の編集者は前項の本の主な著者と同じで、澁澤作品を理解しているだろうが、まだまだ澁澤本人については新しく知ることも多い、というところが面白い。
回想の渋澤龍彦
回想の渋澤龍彦

 この全集は、マジで欲しい…。
澁澤龍彦全集【全22巻・別巻2】
澁澤龍彦全集【全22巻・別巻2】

 これは今リクエスト中。龍子夫人の回想録。
澁澤龍彦との日々
澁澤龍彦との日々