北森鴻『深淵のガランス』(文藝春秋)

深淵のガランス
 ブログでも何度か採り上げておりますように、北森先生大好きです。また新キャラ登場です。
 今年3月の新刊。花師と絵画修復師、2つの顔を持つ男・佐月恭壱シリーズ第1弾(勿論続くはずだから)。
 同じく絵画修復師であるガブリエル・アロン(ダニエル・シルヴァ作)は、修復の仕事を愛しながら、裏稼業である暗殺者としての物語になるのに対し、この恭壱はどちらの仕事が裏ということはなく、ただ、厄介ごとに巻き込まれるのは修復師としての仕事の方である。
 表題作、のっけから、村山槐多「一本のガランス」が引用されていて、嬉しくなってしまう。うん。槐多。やっぱ槐多だよな。
 以前レビューしてます。
 http://masamunet.seesaa.net/article/9076188.html
 いわゆる、「絵の下に隠された絵」ネタ。結末が凄いどんでん返しということはないが、個性豊かなキャラクターたちの肩慣らしと言ったところ。主人公もいいし、相棒?の”善じい”もいい。ただ、ゲストキャラである依頼人の女が弱すぎて腹が立つ。
 ちなみに、恭壱に仕事を取り持つ謎の女性は、知り合いに「ある民俗学者」がいるそうで。ムフフ。「旗師」という言葉も登場しているし。
 同時収録の第2作「血色夢」、これは偶々『別冊文藝春秋』連載中にチラッとは見た。しかし、連載というのはどうも集中できず(これは椎名誠東海林さだおも同じ)、読んでいなかった。雑誌だと他にも小説が載っていたり細切れだと憶えていられないせいか。
 これは、修復する相手は洞窟壁画。しかも一切公にはしていない闇の仕事。修復の詳細な手順を追ううちに、丁度どこかで聞いたような現実の事件を思い出した。高松塚古墳のカビ問題である(しかも今日のニュースでは、高野長英肖像画に、貸出手続きをしていた職員が傷をつけてしまったとか!)。偶然とはいえ面白い。この作品は前作よりも複雑な作りで、これまた昨日の『影と陰』同様、本当に最後の最後まで真相がわからず。恭壱もタフだが周りの人間も本当に一筋縄ではいかない。
 当たり前だが主人公の行動原理がはっきりしていること(美術を扱いながら冷静な目を持ち、非常に理知的だが嫌味でないのは、やはり心があるから)、相変わらず美術ネタはうまいということで、決して全てがハッピーエンドではないにしても、十分に物語を堪能できた。でも、できたらもーちょっと幸せになってほしいし、あんまし危険な目にも遭ってほしくないなあ(笑)