10/16の続き:木内昇『地虫鳴く』

地虫鳴く
地虫鳴く

 あー、やっと読んだ。
 前作『新選組幕末の青嵐』でかなり惚れこんでしまい、新刊が出ていたことを知ってすぐに借りた…はいいけれど、ページをぱらぱらっとめくってみて、
「うーん、読むの大変そう」
で、貸出延長を2回繰り返し、かれこれ1ヶ月借りてやっと昨日読んだ。
 だって、活字びっしりもいいとこ!改行なさすぎだし!
 今時の、同じ厚さの単行本の倍ぐらいの文字数だろう。(ついでに本も重い。この内容で普通の単行本の体裁=ハードカバーにしたら大変だ。背の糊付けだけのソフトカバーなのだが、これでギリギリ。)
 勿論内容も濃い…
 っつか、重い。
 前作は、どれも憎いほどいいエピソードを重ねた、読みにくいほどではないが味のある文章と内容。どちらかといえばさわやかだがじんとする作品。だが、今回はもう、ストレートに重い。深い。
 未だに、作者が女性とは信じられん。世の中に奇蹟というものがあるのならこれがそうだ。(ちなみに、「のぼる」ではなく「のぼり」と読むらしい)。主宰するインタビュー誌『Spotting』HPはこちらhttp://www.spotting-web.net/
  阿部(元は高野)十郎を一応中心として。描かれるのは伊東甲子太郎篠原泰之進、監察の尾形俊太郎、浅野、谷兄弟といった、「非主流派」。主な視点は、阿部、篠原、尾形サイドの3通り。時期は、池田屋の少し後から戊辰戦争まで。 
 近藤、土方といった面々は今回はどちらかといえば脇に回り、今回も目立ちまくっているのは斎藤一ぐらい。所謂有名人中心ではないところが異色の新選組物語であり、素晴らしかった前作でさえも小手調べ、これから愈々、というところだろうか。(そういう意味では、唯一惜しむらくは曖昧なタイトルかもしれない。この人のファンとしては、もうちょっとわかりやすいタイトルにして、新選組に興味を持つ多くの人に知ってもらいたい、という気持ちもある。)
 新選組内部や、その分裂を巡っては勿論、高台寺党の中でも陰惨な殺し合いが…
 阿部が唯一心を許した浅野は殺され、谷三十郎も殺され、伊東も殺され、遂に篠原は近藤を撃つ。
 尾形も悩む。この尾形と斎藤一の絡みも見所だ。
 時代が変わるって何なんだろう?生きるって何だろう?信じるって何だろう?裏切られた時どうすればいいんだろう?
 相変わらず、上手い。この作者は本当に上手い。内容について上手く説明できないので、どうしても技術面でのリスペクトになってしまうのが悔しいのだが、本当に文章がいい。小さなものを膨らますのではなく、有り余る内容をこれでも何とか凝縮しました、という、ガッチンガッチンの濃さ。小説とはこういうものであってほしい。水増しというより水の方が多いような”純文学”とやらは地球外に捨てろ。
 『新選組幕末の青嵐』でも感動したのだが、登場人物を何とカッコイイ男たちにできるのだろうと思う。
 悩まない男(土方)も、飄々とした男(沖田)も、悩みまくる阿部も、伊東も、誰も、みんな間違っていないと伝わってくる。
 会話も上手い。『幕末の青嵐』も、この会話のよさが大きな魅力だった。(その秘密は彼女の両親の「江戸っ子喋り」にあるのでは?http://www.esquire.co.jp/web/kyokyo/)
 各章の書き出しも上手い。むしろお手本のように狙いすぎているとも言えるが、繰り返されるとやはり適度なリズムにもなる。
 この人は本当によく腕を磨いてきた人だ。
 こういう作品でだけは、例外的に、新選組歴史的評価というものを外して、深いかっこよさに浸ることも許されると思う。
 ただ、繰り返しておくが、文章が余りに噛み応えがありすぎて、読むには苦労すると思う。絶対にすらすらとはいかない。けれど、上手い。ずんとくる。
 買いたい…が…今ピンチなんで…早く誰かAmazonマーケットプレイスに出品してくれー!もし出品がなかなかなかったら買う。今カートには入ってる。やっぱ普通に買うかあ。だって読み返したいもん。
 最後になるが、前作同様、斎藤一がかっこよすぎる(笑)。前作では土方とは絶妙の絡みを見せ、今回は尾形と絶品。目立ちっぷりとかっこよさは前作に勝る。全部捨てて何も持たない人間になって、こんな風に迷わず強く生きてみたいという誘惑に駆られるほどだ。とすると逆に、これほどかっこいい彼が明治にはすっかり妻子持ちの現実人間になっているように傍目には見える中で何を考えていたのか、そのへんも是非木内さんに書いてほしい気がする。木内さんなら「斎藤その後」も実にいい作品になるに違いない。
新選組幕末の青嵐
新選組幕末の青嵐