「しゃべれども しゃべれども」

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 これはいい映画だった。
 派手か地味かっつったら、間違いなく地味。
 けど、日本にもまだいい映画があるな、と久々に思わせてくれた、しっとりした作品。
 大資本の、爆発炎上さえしてりゃいいんだろと思っている映画なんぞ、宇宙のゴミ。私はこの、緑と湿気と市電と川の風景をこよなく愛する。
 「109分」ってのもいい。映画ってのは長くていい作品だった試しは少ない。比較的短い時間にまとめられる監督を私は信用しているのかもしれない。

 人とうまく話せない、口の利き方がわからない人が、噺家に喋り方を習って何とかしようとするのはナンセンスである。そんなこと見始めてすぐ、いや見なくたって誰でもわかる。私も最初そのことばかりが頭を巡って、見ながら、頭の一部では腹を立てていた。また、落語を取り入れたいい加減な話かと。
 しかしそういうナンセンスな、最後まで勘違いしたままの映画ではなく、これは、教える側の落語家も含めて、「実は変わるきっかけを探し求めていた人々」4人が偶然に出会い、それぞれの道を見つけるまでの物語である。…ってそんなこと先に予告編見りゃわかるか。私は本編の後に見たけど。
 言いたいことがコンパクトに無駄なく爽やかに描かれている。これで私的にはOKなのである。
 都電荒川線沿線で撮影されたしっとりした画面、太一君が終始着物姿で通すこと、なども、必要以上に情緒を強調しているとは思えず、自然に、いいなあ、と思った。
 主人公の噺家=今昔亭三つ葉。高座を降りると口の利き方がやたらぶっきらぼう。ちょっと太一君の今までのイメージとは違う役だ。
 三つ葉自身も、「生徒」となる3人と同じく、行き詰っている。何故なら、「しゃべれどもしゃべれども」ちっとも客に受けないから。
 彼は江戸の噺家の序列で言うと「二ツ目」。これは非常にハンパな位置である。前座ではない分、寄席で先輩の手伝いはしなくていいが、かといって前座と違って一定の給金が保証されない。一応一人前ということになるから、仕事も自分で取ってこないといけない。つまりこの時点で、自分で営業ができない奴は貧乏になるのは勿論、自分で動ける人間とは色々な意味で差がつく。この二ツ目時代がその後を決めると言っていい。しかも、前座からこの二ツ目までの期間は大体数年だが(但し、例外だが、実世界では、前座歴が歴代最長の15年で二ツ目になった「立川キウイ」がいる)二ツ目から真打へとなると必ず何年でなれるというものではない。劇中で三つ葉のモノローグでも「後輩に抜かれることもある」と言われている通り、所謂「何人抜き」もある。有名な、小朝の「50人抜き」は未だに誰にも破られていない記録だし、私が贔屓している柳家喬太郎師匠も確か20人ぐらい抜いて真打になっている。そして、噺家にも海軍のハンモック・ナンバー、宝塚の成績順同様、この、昇進の順=香盤が一生ついて回る。立川談志落語協会脱退、立川流旗揚げは、どう考えても自分より下だと思っていた古今亭志ん朝が先に真打に昇進したことが原因とされる。それほどに、「抜かれる」ということは死活問題なのだ。(追記:正確に言えば「遠因」である。志ん朝の真打昇進については「親の七光りではないか」という不満が談志にあり、志ん朝自身も気にしていたという。後に談志が落語協会を脱退したのも、「昇進の基準が曖昧だ」という言い分から。立川流では、前座から二ツ目への昇進は、ネタはいくつ踊りは何曲、と基準が数値化されているが(真打昇進についてはどうだったか今失念)、これが逆に言えば慣例に捉われず、どんなに前座生活が長くても基準を満たさなければ昇進できないし、同時に、先輩を抜いて昇進しても根拠が明確である、ということになるのだろうか。)
 三つ葉もまた、既にもう何人もの後輩に抜かれてきたのだろう。
 更には、現在東京では、約450人の噺家のうち、真打が何と半分だと、この映画のナレーション(太一君)で言われている。
 真打とは、本来、「トリを取る資格のある噺家」のことであって、寄席が大量にあり、名人が寄席を掛け持ちしていた昔でさえ、今の数ほど=200人以上も要らなかったし、ましてや常打ち小屋が五指で足りるような現在、トリなんぞは1つの寄席で1ヶ月に6人いればいい計算になるから、真打の称号は形骸化している、という意見もある。そんな中だから当然、三つ葉には常打ちの寄席の出番など滅多になく、仲間との自主公演で食いつないでいるようだ。
 しかしこの三つ葉は、3人の生徒と出会い、自分自身のスタンスをも変えていく。
 所々で登場する師匠(伊東四朗)の言っていることがいちいち正しくて、原作は、落語のことをよくわかっているなと思う。最近は落語を取り入れたドラマが急に乱立して、玉石混淆であるが、この映画は相当にいいものだ。
 人とうまく付き合えないのは喋り方が悪いのか?頑なな心が悪いのか?
 喋る、ということは、決して自分だけのものではないこと。生きる、ということは、ひとりでは絶対にできないこと。人と関わる、ということは、実生活も落語も同じ。それぞれが変わっていく。心を開いて、みんなとひとつになって。
 終盤で太一君が演じる「火炎太鼓」は、素晴らしかった。本職も絶賛したという話を聴いて、やはりと思った。

 よく考えたら私、佐藤多佳子さんの作品って好きなんだった。と言っても、8年前に『神様がくれた指』を、出たばっかりの頃に読んだきりで、その後追っかけてなかったのだが…。そういえば、この、『神様がくれた指』も、人は決してひとりではない、という話だった。
 原作も読む予定だ。
 あとは、毎朝の15分ドラマ同様に松重さんが出てたり、子役の森永君の上手さはもう言うまでもない。ヒロインのお母さん役は水木薫さん、明日夢ママ。八千草薫と”ダブル薫”(笑)(水木さんはNHKひとがた流し」でもヒロインの母親を演じていた。)そして最後に太一君が演じた「火焔太鼓」は、この一席のためとはいえ出来はなかなかだった。
 最後に。
 ラストシーン、これもかなり私好みである。
 そういえば、この映画でも、偶然昨日(2/18)読んだ『隅田川殺人事件』でも重要な舞台になった「水上バス」が何度か登場する。うーんやっぱり乗ってみたくなるじゃないか。あったかくなったらね。(この記事を書いた後、3月7日に浅草に行って、やっと水上バスの乗り場がわかった。やはり春には乗ってみたいものだ。)

 ちなみに、三つ葉が、都電の中でも水上バスの中でも、ブツブツと落語を呟いている…というシーンで、呟かれていたのは「たらちね」。某ドラマでは中華料理店の名前になっている(このセンス、上手い!)「延陽伯」は、ストーリーを調べてみたら、「何だ、『たらちね』じゃん。」。それもそのはず、「延陽伯」を江戸に移植したのが「たらちね」なんだそうだ。

 なお、第62回毎日映画コンクールの、男優主演賞がこの映画の国分太一君、そして男優助演賞が同じく松重豊さんだったのを、最近(3月)知った。いや、TVのニュースでは見ていた(太一君が「最初はドッキリだと思った」と言ってた、あれです)のに、すっかり忘れていたのだった。

 「火炎太鼓」。志ん生師匠他、有名な口演及び録音がある。上野・池之端の「藪」に行くと、有名な噺家が寄せ書き(描き)をした額があり、そこに志ん生師匠は火炎太鼓の絵を描いている(火炎太鼓とは、周囲に火炎の模様がついた、雅楽で使う「太鼓」のこと。2メートル以上もあるような大きなものは「大太鼓(だだいこ)」という)。 
 

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