現代女性作家研究会編『P.D.ジェイムズ コーデリアの言い分』(勁草書房)

 「現代イギリス女性作家を読む」というシリーズの3。 

P.D.ジェイムズ―コーデリアの言い分 (現代イギリス女性作家を読む)
P.D.ジェイムズ―コーデリアの言い分 (現代イギリス女性作家を読む)現代女性作家研究会

勁草書房 1992-02
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おすすめ平均 star
starジェイムズファンは、ぜひ

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 まず1つ。この本はネタバレバリバリ(犯人全部ばらしてます)ので、ジェイムズ作品を全く読んだことのない人は読まないように!
 私も、折角読み返そうと思っていた『女には向かない職業』の犯人も結末もバラされた…いや1回読んで犯人憶えてなくたって別にいいじゃん!(笑)何度でも楽しめるし!でもこうやって「他人に」バラされると、いつまでも憶えてたりするんだよね…あーもう、折角、コーデリア・グレイものとはいえダルグリッシュ様も出てくる作品なのに、読めなくなった…。
 あと、シリーズ名とか著者名を見てわかるように、「フェミニズム」と切っても切れない本なので、ジェイムズ女史自身がそうしたことは全く意識していない、むしろ稀有な作家なのに、そういう枠にはめて考えようと言うそもそも恣意的な試みであるから、やっぱり「話半分」に読むことが必要だ。私自身も、所謂フェミニズムだとかは大嫌いなので、終始ムズムズしながら読んだ。評論にはありがちな決め付けも、そしてやっぱりありがちだが紋切り型の表現も多い。まあ後者については気にしないことにする。
 しかし、やや無理がある方向からとはいえ、P.D.ジェイムズ論が、しかも文学評論として出ていることは有難い。日本ではまだ、ミステリの分野における研究書が訳出されていないのである(海外ではあるし、自伝もとっくの昔に書かれているのだが)。
 それに、批判が先になってしまったが、ジェイムズ作品の素晴らしい点(人間描写の凄まじい深さなど)は、ほぼ全部言葉にしてくれているので、ちょっとの決め付けやら、警視が『策謀と欲望』(この本が書かれた時点での最新作)に出てきた誰々と恐らくは結婚している、なんてトンデモな推測は…許してやるぜ!(そして実際、その後の展開は全く異なったのである!)
 私もあらためて嬉しく、そしてやっぱりダル様はかっこいい、と思い、時々天井を向いてニヤニヤしながら溜息という、あやしい状況になっていたのだった。い、いけなくて!だ、誰だって好きな人の前では変態よ!(汗)ダル様は私が架空作品の登場人物の中で最も愛する人、恋人というには少し大人すぎるけれど、叔父さんかお兄さんぐらいだったら凄く嬉しいなあ、という、身近にいてほしいしいてくれるような気がする素敵な大人。
 女史は、自分を「女性作家」ではなく「作家」と考えているし、フェミニズムだの何だのには拘らない(なのにこの本の著者がやたらと彼女の作品に「女性の連帯の大切さ」なるものを読み取ろうとしているのは滑稽だ)。とにもかくにも、ヘタな位置づけだの評価だのは彼女に触れる前にまず頭を垂れてしまうような超越した(しかし、それが同時に、最もあるべき姿だと思うのだが)作家である。
 女史がミステリというジャンルを選んだ理由である、
「『ミステリを通して人間の真実、生と死、男と女について純文学と同じように描ける』ことがわかった」
というくだりが(5ページ)、もう女史の全てを現している。これ以上でもこれ以下でもない。他に女史がミステリで何か大それたことをしようとしたわけでもなければ、ミステリに文学と同等かそれ以上の価値があるとも一言も言っていない。ただ、「やれる」、それだけなのである。
 思えば、女史の作り出したキャラクターは、シリーズキャラもゲストキャラも、ただあるべきように生きて、それが上手くいったりいかなかったりする。ある者は生きていて、一部の者は殺される。ダルグリッシュも、一時は仕事をやめようと考えたり、自分の詩作も恋愛事情も余りにも袋小路のように感じたりしながらも再び道を見出すし、女警部ケイト・ミスキンもまた、強く愚直にしなやかに、この世と折り合いをつけて進んでいく。とにかくやってみる。生きてみる。考えてやってみて、この世の中と自分をどうにか同時に存在させてみる。それだけなのである。
 女史は60歳を過ぎてもなお、治安判事、BBCの理事など、公的な職務も多く引き受けていた。巻末のインタビュー(貴重!)によれば、70歳を期して公職からは退き、執筆に専念するという。そして実に、89歳の現在に至るまで、『策謀と欲望』以後も、大作、しかも毎回期待を裏切らないとんでもなく高度な作品を生み出している。一体どういう知力と体力と社会性を持っているのだろうかと、本当に、知れば知るほど、触れれば触れるほど、尊敬と言うにもおこがましい、ただただ大事にしたい作家である。