陳凱歌「花の生涯―梅蘭芳」

花の生涯 ~梅蘭芳~ スペシャル・エディション [DVD]
花の生涯 ~梅蘭芳~ スペシャル・エディション [DVD]
角川エンタテインメント 2009-11-20
売り上げランキング : 6313

おすすめ平均 star
star脇をかためる俳優陣が白眉!
star美しさでは「梅蘭芳」、内容では「覇王別姫
starレスリー・チャンに…

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 映画公式サイト→http://www.meilanfang.jp/
 いや〜…
 クソ真面目な映画でしたわ(^^;)。
 いい話なんだけど真面目で真面目で。もし映画館で観てたら2時間46分逃げ場なしは、今の体力では無理だったかも。
 「さらば、わが愛覇王別姫―」(こちらは大学生の時、映画館で観た。若かった!)と同じ陳凱歌監督であることはすっかり忘れて、随分レンタルの順番を待ってやっと観ることができたのですが、いや〜、ホント、真面目な映画でしたよ。
 韓国の「王の男」も、あれは宣伝のされ方がアレだっただけで、クソ真面目な芸人の人生映画だったし、韓国や中国というのは、舞台人、芸人の映画にとても真摯さがあるお国柄なんでしょうか。
 真面目で、あと、地味。悪い意味ではなく。所謂ハリウッド映画が画面的に派手すぎるだけで、至って普通の映画、というべきか。映像は淡々としているし、俳優陣の演技も自然ですが、物語のスケールはとても大きい。(同監督の「花の影」も、静かで美しくて、でもって長回しの多い、集中力を要求される作品でしたなー)
 「さらば」もこの「花の生涯」も、主人公は京劇役者、時代も清末から戦後(前者は文革まで、後者は1950年まで)と全く同じで、ただ主人公が前者では架空の役者、後者では実在の伝説的名優であることだけが違う(後者も、あくまでフィクション)。時代が時代だけに嫌でもスケールは大きくなるが、ただそうした時代背景を声高に叫ぶことはどちらの映画でもない。あくまでも見せ場は京劇の場面であったり(多分歌唱は吹替えだと思うのですが、京劇の動きはとても上手だったと思います)、作中でも役者を演じる役者が、どのように役者として演じ、どのように生きるかということ。あくまでも、人が人生と、時代とどう向き合い、或いはどう戦い、或いはどう敗れたか、そういうことを、抑え目だがしっかりと美しい画面で見せてくれる。(個人的には舞台芸術が大好きなので、京劇の劇場のシーンというだけでもワクワクした)
 「噂では聞いてるけど、『さらば』はおホモが駄目」という方も、こちら「花の生涯」は、そういうのはありませんので大丈夫です。若き日に出会い、彼の芸に魅せられ、代々の官吏の職を捨てて付きっ切りの指導者、支援者となる邱如白とも、別に恋愛関係ではないです(逆にそういうものをやたら期待する人はご立腹なさるかも(笑))。
 梅蘭芳は、「さらば」の主人公とは真逆に、女形として芸に生きてはいても実生活ではあくまで普通の男。主演のレオン・ライは、30代から40代の普通の男性であり、かつ、普段の場面でも舞台人らしく常に佇まいが美しい、観ていて安心できる演技。日本の軍人(六平直政さん。もー軍人と言えばこの人。絵に描いたような日本の軍人さんの役でした)に、「舞台でのお前は女の腐ったような奴だ」と言われ、「舞台を降りた私は一人の男だ」と言い返す場面も、納得。まああくまで日本軍に逆らったところが誉められているわけですが。
 彼の18歳の頃を演じたユイ君も可愛かった。
 田中隆吉少佐は安藤政信君。久々に観たなあ安藤君。中国語もよく喋れてた。この田中少佐は京劇を理解し蘭芳のファンでもあるいい人。というのはつまり中国人にとっていい人ということですが(日本人としては複雑)。彼も本当に近年様々な作品に登場するようになりまして、色々な描かれ方をしてますが、こんなにいい人なのは初めて見たよ!(笑)ちなみにこの人は、川島芳子を愛人にしていたり、自分はちゃっかり生き延びて(情報提供の見返りらしいですが)戦後色々証言をしていたりです。
 これだけいい映画だったらチャン・ツィイーのネームバリューまでは要らん気もするけれど(「さらば」では、コン・リーというビッグネームが実にいい演技)、この映画でもちゃんとしてました。京劇の名男役、孟小冬。基本的に何やっても可愛いし、女形のレオン同様、わざとらしくはないがどこか中性的な雰囲気が上手く出ていました(チャイナドレスの柄もすっごくモダンでステキだった!)。彼女だから、不倫の恋もドロドロして見えない。恋に落ちた2人が共演する舞台は、女形と男役という、男女逆転のラヴシーン。とはいえ、この映画では別にその倒錯性については深く突っ込んでません(そもそもこの2人の恋が史実かどうか知りません)。(ただ、実際の恋が舞台に出てしまっているというシーンは、逆にそんなんで名優なのかいと突っ込みたくなりますが)
 しかし、蘭芳が芸を究めるために、2人は別れます。確かに、蘭芳は恋に夢中になり、芸や付き合いを疎かにしかねなくなるのですが、邱の、
「君と出会うまでは彼は孤独だった。だがその孤独から彼の芸術が生まれる」
という台詞はよくわからない…。芸には厳しく生きろっていうならわかるんだけど。役者とか芸術家というのはどこか常に1人きりな部分はなくならないし、必要なので、それを孤独と言うのかもしれません。でもそのために本当の恋も邪魔なのだとしたら、そもそも何で結婚もしたの?確かに周囲の人は、奥さんも含め、彼の芸術のために人生捧げてる人ばっかりだけど(いい迷惑なんだけど、犠牲になったとは自分では思ってない人たち)。確かに不倫はイカンけど、奥さんとの間も「同士愛」になっちゃってて、それもそれで淋しくないか!?(笑)先に書いたように、そのまま舞台に出てしまうような普通の恋を知ってしまってはいけないということか…。よくある、芸と恋のはざまというやつか…。でもそれをわかりあえる、同業者との恋もいけないのかしら…適当に続けちゃいけないのかしら…余りに恋らしい恋すぎたのかしら。このへんは、多分監督の主張したい所なんでしょうけど、よくわからん(笑)。
 表面的には、「芸に生きる」という言葉から想像するような、何もかも犠牲にして…という人生ではないです。
 奥さん(支配的な女性ではありますが、夫の芸術を理解し守りたいと頑張っている人)と別れるわけでもなく、若き日にはよい師もいたし、よき指導者というか演出家というかや後援者(人生懸けすぎちゃっててちょっとウザいけど演じたスン・ホンレイがいい)にも恵まれ、役者としてはこれ以上ないほど成功して、子供もいて…。
 不幸といえばやはり役者という不安定な―劇中で小冬が言うように、例えいい演技をしても観客の気まぐれでそっぽを向かれることもある、危険で報われない―職業であること自体。そして戦争による芸の中断。しかし彼が、女形が糾弾されたほぼ絶滅したとされる文革の前に亡くなっていたのは本当に幸いでした。
 「さらば」が恋愛の苦しみと時代の動きを重ねた物語だとすれば、こちら「花の生涯」は芸と人の関係性の物語かな。舞台人としてよくなることと、人として良く生きることをいかに近づけるかという。勿論、後者も実在の俳優を用いたフィクションですが。
 ハイライトは、後半3分の1。北京が日本軍に占領されると蘭芳は上海へ移り、上海でも、日本軍の宣伝のためにどんなに要請(命令)されても舞台に立たなかったという史実(これは有名なので知ってました)。若き日の様々な教え(この、彼が受けた教えというのが、名台詞が多い)、邱と歩んできた道、海外公演の華々しい成功、続いた愛、失った愛、自分の中にある「普通」の部分…それらの集大成が、むしろ役者生命を絶つかのようなあの場面(どんな場面かは秘密)。逆説的です。そしてラストも静かですが、静かな感動がありました。
 …うん。何かもう、真面目。真面目に生きてます。真面目に芸やってます。色んなやり方の愛があります。
 観終わって、上手く感想を語り合うのも難しい映画ですね。ああ〜、だけで。
 
 そもそも個人的に京劇が大好きで、最近は無理ですが大学生から就職したてぐらいまでは本当によく行きました。だからこの映画で本当に久しぶりに、短いとはいえ京劇の舞台を見ることができ、心が躍ったというのもありました。
 かつては、京劇好きが縁で京劇の興行も行なっている会社に就職したし(唯一の正社員時代(笑))。旦那と婚約中に初めて旦那を連れて行った舞台も「梅蘭芳京劇団」の日本公演でした。勿論ご本人ではなく、その息子さんでありこれまた女形の梅葆玖さん率いる劇団。彼はこの「花の生涯」の芸術監修も担当。ちなみに、娘さんの梅葆(王へんに月)さんは男役(!)という一家。
 京劇というのは不思議なもので、歌舞伎同様に女形のみならず宝塚と同じ男役もいる。初期のシェイクスピア劇や歌舞伎にも、女性が舞台に立てないゆえの女形はいますが、わざわざ男を演じる女優はいません(「恋におちたシェイクスピア」では、女性が舞台に立てないから女形というのとは逆に、女性が男のふりをして舞台に立ちますが)。京劇においては、やはり、中国人が、「逆の性を演じる」こと自体に魅力(官能性、倒錯性、技術力を楽しむことなど)を感じているということなのでしょう。
 梅蘭芳ご本人の舞台映像は、大学生の時「中国映画上映会」主催の上映会が文京区某所でありまして、その時に「貴妃酔酒」のフィルムを観ました(その会はビデオも販売しています)。正直、上手いとかそういうのはよくわかりませんでした。ただ、確かに女性であるなあと。観客がそこに天下の美女を観て熱狂したのもわからなくはないです。玉三郎のような、清楚な美人ではなく、艶やかなタイプの大きめの顔。そもそも、小さなサイズの映像で観るのと、熱気ムンムンの前世紀の劇場で観るのとでは見え方は全く違うでしょうから、上手くは言えません。(北京に行った時、オプショナルツアーで、地元の人も観光客も行く大きめの劇場で、地元の人に混じって京劇を観たのは楽しかったです。京劇用の劇場の形や鑑賞スタイルは変わってないんですね〜。TVでずーっと京劇だけ流してるチャンネルもあったけど、これはホテル向けだけかな?)
 
 ただ、「さらば〜」といい、「花の生涯」といい、どうも、日本でつくタイトルがイマイチな気がする…。「覇王別姫」は京劇のタイトル、「梅蘭芳」は人名、そのままでいいじゃない。メイランファンといえば、戦前の日本人には有名でした。舞台が大好きな私の父方の祖母もよく知っていました。演目、人名がどれだけ「常識」であるかは測りにくいものではありますが…。
 時代が変わってしまったのか、それとも、かつての常識が常識でなくなった以上に困ったことですが、変に思わせぶりな宣伝じゃないともう売れないのでしょうか。冒頭に挙げた「王の男」は真面目な「芸と人生」の物語、「さらば」だって、あれはあれで、真面目すぎるぐらい真面目な恋の物語(ちなみに原作とはラストが違います)。
 
さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]
さらば、わが愛 覇王別姫 [DVD]リー・ピクワー

アスミック 2005-11-25
売り上げランキング : 12256

おすすめ平均 star
starユアン先生に会いに
star私にとってこの映画こそ「古典」になりました。
star歴史の波に翻弄される芸術家たちと彼らをを愛した女性の悲劇

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
『花の生涯 ~梅蘭芳~』 『さらば、わが愛~覇王別姫』ツインパック【初回限定生産】 [DVD]
『花の生涯 ~梅蘭芳~』 『さらば、わが愛~覇王別姫』ツインパック【初回限定生産】 [DVD]
角川エンタテインメント 2009-11-20
売り上げランキング : 10979

おすすめ平均 star
star感動です
starきれいな映画でした

Amazonで詳しく見る
by G-Tools