ポール・アルテ総論・各論(ブログの2006年7月分より移動)

 こうしてレビューする自体、ミステリファンを自称する割には遅いんですが、何事にもきっかけは必要ってことで。
 フランスに初めて現れた、本格の巨大な砦!
 「普通のミステリ」に飢えていたあなたに!!
 サックリ解ける謎!!読み終わって安らかに本を閉じられるミステリ!!
 先日レビューした2004年の『赤い霧』(第2作。発表順では第3作)が余りに面白かったので、第1作と第2作をこのほど読み返しました。

 ポール・アルテ。「フランスのディクスン・カー」。
 そして、私は更にこう名づけた。
 「密室とカーテンに取り憑かれた男」。(…月並み?)
 密室で奇怪な死を遂げた被害者…
 他に誰もいないはずのカーテンの陰で刺し殺された被害者…
 「密室」と「カーテン」が大好き!!(笑)
 今時珍しいような「密室」と「不可能犯罪」への熱愛!!
 既に、大傑作『赤い霧』についてのレビュー(『カーテンの陰の死』についても言及←この2作品、カーテン好きすぎ!(笑))では、
 ・フランスの同時代作家の本格で、
 ・傑作なのがすごい
と書きましたが、アルテ作品全体については、
 ・「フランスの」
 ・「本格」(ここでは「不可能犯罪の解明」「古式ゆかしい設定・登場人物」とする)
 である!というところがすごい。ま似たようなもんですが。
 フランスの「ミステリ」と称するものは、怪盗とか警察(警察人情小説)ものばかり。勿論私が指摘するまでもなく、この点でアルテの本格っぷりは日本でも驚きをもって迎えられ、すぐに賞賛の嵐。
 つまり、「フランス人の書いたおどろおどろしい本格推理」って、フランス史上初かも?
 世界最初の推理小説アメリカのポー(舞台はフランス)。血と惨劇と不可能犯罪、奇妙な舞台といえばイギリスのカー(これも舞台はフランスとイギリス)。コージーと揶揄はされても根強い人気の(そして晩年の人間描写は素晴らしい)「女王」クリスティー(「旅情ミステリ」の草分けでもありますね)。本格と心理サスペンスの、「新女王」ルース・レンデル。そしてセイヤーズにアリンガムにデクスターにテイにレジヒルにホック…つまりアングロサクソンですね。
 そこに、フランス人の書いた、イギリスを舞台にした本格が!(注:フランスにも本格『マーチ博士の四人の息子』でデビューしたブリジット・オベールがいたのですが、この方はすっかりスリラーに行ってしまいました。)
 いやほんとに、これだけイギリスが舞台でイギリスっぽくて本格の話が、原文はフランス語で書かれてるってのが信じられませんね…
 あと、短いってのもいいですね。ビニールカバーを含めても全て厚さ1センチ弱!今時のポケミスの本格でこれは凄いかも!二度三度のどんでん返しが好きで、面白くて、何でこの分量にまとまるんだろう。(いや、最近長くなるばっかりの人を批判してるわけじゃありませんよ(笑)イア○・○ンキ○とか、レ○○ル○・○ルとか(笑))
 うーん、もっと早く邦訳してほしかった!と今となっては思います(原書は第1作が1988年)。勿論、出ただけでも有難いですが。
 最近は、謎が解けないミステリが新しいとか、小細工ばっかの作品も増えていて、最後まで読んでもストレスがたまるなんていう、本末転倒なこともよくあります(特に最後に犯人が捕まんなかったりわかんなかったりするヤツ!俺の時間を返せ!)。でもこのアルテ、フランスにして直球勝負!おフランスなのに男球!(注:「逆境ナイン」)。
 同時に、「今更古臭い本格なんて」という批判や揶揄を受けていた日本の「新本格」の方々にも大きな勇気を与えたようです(アルテの原書が出てすぐ邦訳が出なかったのも、日本で新本格が出たばかりの時期だったからかも)。そのせいか、解説陣もふるってますね。第2作『死が招く』は二階堂黎人、『赤い霧』は芦部拓(確かに作風が似ているという評判も当たっている)、『カーテンの陰の死』は霞流一、というメンバー。今後もどんな新本格の作家が熱い称賛を寄せるのでしょうか、こちらも楽しみです。
 (各論に続く)
 さて、このほど、『赤い霧』の余りの面白さを受け、第1作『第四の扉』とと第2作『死が招く』を読み直してみました。
 …何で、これを読み流してたんだろ?
 えー、お恥ずかしながら、出てすぐ(2002年、2003年)に読んだ時の記憶がありません。時々、集中して読めなかった場合にこうして「流し」てしまうこともあるのです。
 いやー。何時間か(2時間もあれば充分かな)のお楽しみにはホント、ピッタリですね。。

 『第四の扉』La Quartrieme Porte(1987) ハヤカワ・ポケットミステリ1716(2002)

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star王道の探偵小説、楽しく読めました
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 デビュー作。当然、犯罪学者・ツイスト博士も初登場。
 アルテは、ハドリー・チェイスへの傾倒を経てカーにハマり、古書で大枚をはたいて揃えたそうです(今彼が創元推理文庫を見たらショック死するな)。このツイスト博士の造型も、痩せていることを除けば、フェル博士そっくりです。
 オックスフォード近郊の小村。密室状態の屋根裏部屋で全身を切り刻まれて死んだダーンリー夫人。自殺か殺人か。四つの扉。カーテン。その後、隣人の作家アーサー・ホワイトも、自らの運転する車の事故で妻を亡くし、息子で奇術マニアのヘンリーとは日に日に不仲になっていく。語り手は、ヘンリーの親友で隣家の息子ジェームズ。
 夜毎、誰もいないはずの屋根裏部屋から漏れる光、足音。
 その上、ダーンリー家に間借人として、霊能力を持つと称するラティマー夫婦が引っ越してくると、アーサーが襲われヘンリーが失踪。ところがその数日後、ヘンリーは同時に2ヵ所で目撃された!
 そして、屋根裏部屋で行なわれた交霊実験の最中に、またも悲劇が!
 …本格ですねえ。
 奇術といえばかのフーディーニも重要な要素になっています。この「奇術」も、『死が招く』でも登場するように、やはり不可能犯罪ものには欠かせないネタのようです。
 第一部、第二部は一人称の手記。短い第三部で、それがミステリ作家ジョン・カーター(「カーター・ディクスン」へのオマージュか?)の原稿だと明かされる。
 さあ、このあたりから、詳しくは書けない部分です(笑)
 作家は「この不可能状況ばっかり詰め込んだストーリーが解けるか!」と、知人のツイスト博士に送ります。ここでやっと博士の登場と相成ります。
 そして10日後、博士から、一人称の続きの形で謎解き部分が送られてきます(第四部)。勿論、全ての謎が完璧に解かれていました。だが、同封の手紙には、「結末」は、お会いしてゆっくりとお話しいたしましょう…とある。
 「結末」?訝しみつつ博士の許を訪れる作家。そして第五部―――
 …読み終わって、「ひいいいいい」がつのだじろうの描き文字で、「ぎえええええ」が同じく楳図かずおで頭に浮かびました。(私の顔はつのだじろうの女性キャラ)
 二段、三段構えです、って言うだけでこういう緻密な構成の話はネタバレになってしまうんですよね。普通の一人称のつもりで読んでいて、あれれ?というのが大きな要素なので。でも紹介したい以上仕方ありません。大詰めで大いに驚いちゃって下さい。
 私は「凄いなあ(特にラスト)」と思ったのですが、要素の詰め込みすぎという意見もあります(メタっぽいという意見も当たってる)。それでもうまくまとめている方だと思いますし、意気込みを買いましょう。はっきりわかる「珠に瑕」はフーディーニの絡め方ぐらいでしょうか。本格謎解きの中で唯一不確定要素が前提になっている部分なので。
 ちなみに、この作品に登場する作家ホワイトは、「元医者、患者が来ず、暇に任せて書いた小説でデビュー。死なせてしまった患者の姉と結婚。推理小説のほかにSFや歴史小説も書き、後には交霊術にハマる」。そう、世界一有名な探偵を生み出したあの作家と全く同じ。同じファーストネーム「アーサー」の、あの作家と。わかる人にはすぐわかる(笑)
 こうしたお遊び的な、でも本筋と関連がなくもない仕掛けは他の作品にも見られます。こうしたお楽しみも非常に楽しい。
 巻末に著作リストがついていて、これを眺めているとますますこれからの翻訳が楽しみに(実際続けて出そうですね)なってしまいます。年を取るのは嫌だけど、面白い作品を読むためには速く年月が過ぎてほしいというジレンマ。

『死が招く』La Mort Vous Invite(1988) ハヤカワ・ポケットミステリ1732(2003)

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 『赤い霧』と書かれた年は同じですが、作品リストでは『赤い霧』が第2作、これが第3作となっています。この作品に、『赤い霧』に関連した記述がある(『赤い霧』のメルヴィン警部と博士は同じ世界に生きているようです)ことから考えても、『赤い霧』が先なのでしょう。ただ、日本ではこの『死が招く』が先に出てしまった(第1作の好評を受け、穏当にシリーズキャラで続けたのでしょう)ので、当時読んだ人はその部分が何のことやらわかりません。もしかして早川書房の『赤い霧』への巧妙な宣伝という深慮遠謀…なわけはないですね。
 この作品でも、もう殺されキャラも本望だろうという(笑)奇怪なシチュエーションで人が死にます。「他のどんな予定もキャンセルして夕食会に来い」と2人の客に手紙を書いた作家が、密室で、完全に整えられた夕食のテーブルに突っ伏して死んでいた。しかも、煮え滾る油の鍋に顔と手を突っ込んで。彼が書こうとしていた推理小説の出だしと全く同じだった。
 まだ湯気を上げるチキン。だが、死体は死後24時間以上経過していた!
 エキセントリックな作家。謎の夫人。その兄は奇術師。頭のおかしな長女。健気な次女。”夕食会”に招かれたのは次女の恋人の刑事と新聞記者。
 おまけに被害者には双子の弟。更には、作家とは不仲だった父が蘇ったのか?屍衣を纏った謎の老人…長女の、「祖父が復讐にやってくる!」という言葉…
 今回はツイスト博士とその相棒、ハースト警部(前作では名前のみ登場。今回は冒頭でちゃんと容姿も紹介されます)が最初から登場。古式ゆかしい謎解きの物語となります。
 『第四の扉』(仕掛け多すぎ)、『赤い霧』(仕掛けの質が高すぎ)に比べればやや迫力には欠けますが、この作品の方がむしろ普通の推理小説ってことですかね。
 前作の一人称部分に登場するドルー警部ほどではないですが、まだハースト警部が、「ひたすら間違う」役目のギャグキャラですね。
 おどろおどろしい要素やいかにもなレッドヘリング(これは意識して、ありがちなものを出しては消している感あり)、犯人の意外性などは合格レベルってことで。サブプロットの部分が面白くて、本題の謎解きの部分はややあっさりかな。
 この作品の「お楽しみ」は、作家とその父の争いの部分。父親は息子の作家の書いている推理小説を下らないとか残酷で不道徳とか(だっけ)非難していたのですが、ある登場人物が、「良く読めば、今時の他のミステリに比べて古典的で無害なのに」というようなことを言ってます。この辺りは、正にカーに対する一般的な両極端の評価であり、カー大好きのアルテ一流の照れ隠しという気がします。

 第3作と最新刊。レビューはこちら
 『赤い霧』Le Brouillard Rouge(1988) ハヤカワ・ポケットミステリ1759(2004)

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