メモ:怪盗ニック再読―「プロ」を愉しむ、最上の喜び

 図書館で借りている本は脇へ置いて(オイオイ)、買って持っている『怪盗ニック』シリーズを読んでいる。
 持っている本を読むって、何てしみじみするんだろう(笑)
 普段とて貸出期限など気にしてはいないが(絶対に期間内に読み終わるので)、自分の本だ〜と思うと何かほっとする。これはどうも説明がつかない。とにかくしみじみほっとしているのである。
 さてこの怪盗ニックは、E.D.ホックの、異様に数多いシリーズキャラクターの中でも、最も人気のあるお人である。
 少し前にブログにも書いた通り、天才的な泥棒さんであり、時には身の安全のために真相を知るべく(あるいは、正義感から)、そして時には殺人の罪から(彼は人を殺さない)身の潔白を証明するために、探偵としても見事な頭脳を見せる。つまりどの短編も1粒で2度3度美味しいのだ。クールでスマート、そして、一緒に住んでいるガールフレンド・グロリアには忠実(自分では認めていないが、作者によれば「かなりのハンサム」だそうだが)。
 これ以上詳しく述べることは避けるが(繰り返すがブログを参照して頂きたい)、そのカッコよさの理由は、先日、某『A○RA』(あくまで、職場に来るので読んでいるだけ)の「現代の肖像」を読んであらためて適当な言葉を見つけた。
 その号の「現代の肖像」で採り上げられていたのは何とゴルゴ13!だったのだが(恐らくこのコーナー初の架空の人物である)、彼が長年読者を惹きつけてきた理由は、
 ・常に公平で中立
 ・クールなプロフェッショナリズム
だそうだ。
 誰にも与せず、報酬に相応しい仕事をする。シンプルで一番カッコいい(そして「エゴイズム」ともまた違うのだろう)。
 怪盗ニックも。
 現金、美術品などは一切盗まない。金銭的価値はないが、依頼人にとってのみ価値のあるものを盗む。プールの水。野球チーム一揃い。陪審員全員。動物園の虎。終わった公演のチケット。山の雪。…
 料金は一律2万ドル、特に危険な仕事の場合は3万ドル(これが20年近く変わっていなかったが、職業がグロリアにばれた時、彼女の希望で最低料金が2万5千ドルになる)。これは、盗む品物も、依頼人の老若男女も問わず、変わらない。 
 前金を受け取り、世界の何処へでも行き、期限通りに、あらゆる価値のないものを盗み、依頼人に渡し、残りの金を受け取る。これだけである。
 依頼人とは報酬だけで繋がっており、決して依頼人の側につくわけではないし、盗まれる側に同情すべき点があっても、依頼人を自ら裏切ることはない。探偵であれ泥棒であれ、プロにとって、依頼人への対応は信用に関わることだ。
 ただ、『ゴルゴ13』がひたすらにゴルゴが殺人を遂行する物語であるのに対し、ニックには少々善悪の観念もある。ただその観念というのも、自分がハメられた=別の犯罪のカモフラージュにされた、殺人の罪を着せるために現場に送られた、などの場合には、しかるべく対処するという程度のものである。それも、とてもスマートで粋なやり方だから、とてもカッコいい。勿論、女性の関係者にも全く深入りはしない。あくまでも、目的は手数料だけ。盗まれる側も、金銭的価値がないだけで盗まれて困ることに変わりはないが、ニックは命を奪うわけではないし、結局謎は解かれ、物事はいい方に転び、ニックは手数料を手にして去る、という繰り返しである。さっぱりしたものだ。
 だがその「読後感さっぱり」のために、ゴルゴもニックも、常に懸けているのはやはり命であり、抑えているのは個人的興味と欲望だ。そのカッコよさを読者は楽しむ。
 「あー、今回もゴルゴの仕事は成功!」
 「あー、今回もニックはかっちょいい!」
 ”読後感はすっきりでなんぼ”なお齢のワタクシには、このニック殿は大変素晴らしい。(出会ったのはもう10年ほど前で、何と初版がポケミスで出た頃には私はまだ文字が読めなかったが)
 また、ここで初めて挙げておきたいのは、同じく当代の大人気作家、ローレンス・ブロックの「殺し屋ケラー」である。まだ(ブロック作品を、ブログを始める前に最新刊まで読んでしまったため)ブログでは触れていないキャラクターだ。
 同じタイプのヒーローである(社会的規範からすればアンチヒーローだが)。
 「ケラー」という他、ファーストネームも不明(一度だけ明らかにされるが、誰も彼を「ケラー」とだけ呼ぶ)。元締めの老人の娘、ドットなる女性の取次ぎで、「何処の誰を殺せ」と言われれば、アメリカ中どこにでも飛んで殺す。その理由も依頼人も聞かない。一切の感情を挟まず、あらゆる手段を尽くして殺す。この、妥協のなさ、揺らぎのなさ、正に仕事人である。読者はただ、ケラーが、どうやって殺し、しかも逮捕されずに去ることができるのかを楽しむ。
 ブロックといえばアル中探偵マット・スカダー(但し最近は禁酒した)、泥棒バーニイシリーズが有名だが、私のイチオシはこの「殺し屋ケラー」である。(2冊しかないのが残念だ…)
 カッコいい。第1作から目が点になってしまった。ひたすらカッコいい。こんなカッコいい殺し屋見たことない。
 ニックの3冊同様、このケラーの2冊は買って持っている。
 フィクション作品において、最も楽しいものの一つは、こうした「プロの技」に徹するキャラクターを堪能することだろう。フィクションである限り、そこに社会的モラルも必要ない。
 怪盗ニック、殺し屋ケラー、実にお奨めである。
 ニックは今のところこの3冊。いずれも早川文庫。長編『怪盗ニック対女怪盗サンドラ』もある。
 怪盗ニック登場 怪盗ニックを盗め 怪盗ニックの事件簿
 ケラー第1作は連作短編集『殺し屋』。まずはこれで目を奪われてほしい。
 第2作、長編『殺しのリスト』HitList。あっと驚く出来。いずれも二見書房。
 殺しのリスト