くくく苦理捨意

 あー。まとめて書けないうちに、いいこと思いついてもその端から全部忘れていく(T_T)
 とりあえず今日のっす。
 『死との約束』。中近東アンマンでの出来事。これも、大金持ちで気前がいいけど家族に全く自立を許さない迷惑富豪もの。しかも今回は、家族を抑えつけ家に閉じ込めている鬼ババア。たまたま旅行に来ていたポワロは、ある日偶々聴こえてしまった、「いいかい、彼女は殺してしまわなきゃいけないんだよ。」という言葉の通り、そのババアが死体で見つかる。
 これも、昨日、ブログに「クリスティーは世の中の人間は2種類いる」と考えている、と書いた通り、ポワロは最後に「したくても犯罪は犯せない人」を1人ずつ消去しながら最後に犯人を指摘する。でも、最後の、家族の被害者に対する感想はな〜。やっぱひどい奴だよ。うん。
 『死が最後にやってくる』。舞台は何と古代エジプト。でも、作者自身が最初に断り書きに書いているように、「別にどの時代に起こってもおかしくない出来事」(まあ、「えー、古代エジプトの話ー?難しそ〜」と、読者が敬遠しないように予防線の意味もあるかもしれませんが)。これが正しく成功のカギ。解説の深堀骨さんが書いていらっしゃるように、本当に、他の作家が書いたら「歴史ミステリ」になっていたり、ぺダンチックさを競い合うような作品になっていたと思う。しかしクリスティーの場合、ただ単に古代エジプトであるだけで、またも、家族に自立を許さない富豪の家族の中で起こる事件。ホントに、このパターン好きねえ(笑)よっぽど何か抑圧された記憶でもあったんだろうか。自伝を見る限りなさそうなんだけど。
 ともあれ、一族を食わせているのは自分だという自認と押し付けがましさの塊みたいな父親(墓所の神官で、家族は墓所を守る代わりにその墓所に寄贈された土地や産物で生活している)が、娘よりも若い美貌の愛妾を連れて任地から帰ってくる。その状況だけでも家族にとっては腹が立つのに、その上愛妾は傲岸不遜、寵愛をいいことに家族を煽り立てて反目させる。父親もとうとう、遺産を全部この女に残すと手紙を書き送ってくる。その直後、愛妾が崖から落ちて死んだ。
 ヒロインは長女。兄2人とその妻子と弟、忠実な家令、美貌の書記、そして根性の捻じ曲がった女中頭。表面的には「渡鬼」もビックリのドロドロ劇。しかし終わってみれば、やはり推理劇。大体が、これも解説にあるように、舞台は古代なのに登場人物は全員考え方が普通に合理的なんである。クリスティーが、ド古代のド砂漠を舞台に1つ書いてみたくて書いた、という感じ。クリスティーにしかここまであっさり見事には書けない。
 しかも、新しい旦那は考古学者。学術性を謳いはしないけれど、ファッション、農作業、暦、習慣などのディテールはきっちり押さえている。執筆中は、「時代考証」を口実に、14歳!!も年下の旦那とさぞやイチャラブだったのであろう…と深堀氏は推測する(ついでにいうと、クリスティー文庫の解説は流石に100冊もあると当たり外れがはっきりしてるのだが、氏のは面白かったし的を射ていたと思う)。
 また、この解説には、この作品はクリスティーの「ノロケ」かも、とある。言われてみればそうかもしれない。だってモロに、「夫と別れ(ヒロインは死別だかクリスティーは離別)、娘を1人抱えたヒロインが、砂漠で新たな恋を実らせる話」だもん(笑)。ごちそうさまです。はい。
 『杉の柩』。ポワロもの。婚約者を奪った女を毒殺したとして起訴された女性を救って欲しいという依頼で、ポワロは情報を集め、現地に向かう。真相は裁判で明かされるのか―――。
 最初に読んだ時、こりゃ深い話だな〜と思ったが、今回もそれは変わらず、ラストは感動した。ただ、途中までは愛憎劇と思わせて、最後には急転直下、実に俗っぽい、ミステリらしい動機が明らかになる。このギャップはミステリとして素晴らしいが、前半のテイストに対して、逆にあんまり明快にそれらしい動機と犯人がわかると残念な自分もいる(笑)。
 『五匹の子豚』。後期の傑作。「過去への旅」もの第1作。16年前の事件での、母の無実を証明してほしい―――美しく溌剌とした娘の依頼に応え、ポワロは困難な再調査を開始する。女出入りの絶えることがなかった画家を、新しい愛人が夫との結婚を宣言した直後、妻が毒殺したという。しかし妻は、獄死の直前に、無実を訴える手紙を娘に送っていた。ポワロは当時の関係者5人を当たるが、妻の妹を除く4人共が妻の有罪を確信していた…
 面白いですね。ポワロは確かに、人と話すことで真実を見つける探偵ですが、過去の事件となると正にそれしかすることがないわけです。違った目で質問し、新たな答えを引き出すだけで、過去さえもここまで完全に様相を変えてしまうとは―――そういう驚きが眼目です。
 解説者は、「名犯人」と書いておられますが、それほどではないにせよ、動機はちょっと意外です。しかし、よく考えてみれば、繰り返し関係者が語ってきたこの犯人の性格からすれば、確かにこの動機以外ないというもの。
 ポワロは最後でちょっと犯人に説教垂れますが、16年も経ってるんでみんないい年になってるわけですよ。それでこんなことを言われるようじゃ、世の中まだまだ子供っぽい人が多いってことですな。
 いずれにせよ、この犯人が実際に法廷に立たされるまでは描かれていませんが(ポワロは調査結果を当局に報告するとは言っています)、やはりミステリにおける真実「犯罪は引き合わない」を思わせる記述になっています。
 『杉の柩』と『五匹の子豚』、奇しくもどちらも無実の女性を救う物語ですが、どちらも、その女性を犯人とする証拠で溢れかえっている事件。依頼人と事件の情報だけで引き受けるとは、理論理論と言いつつも実はポワロ、相当依頼人を見抜くカンが鋭いのではないかと(笑)