安岡章太郎『快楽その日その日』(新潮社)

 これは確か、吉田健一さんの本に引用されていたし、巻末の広告にもあったせいじゃないかと。
 1回のパリ旅行での経験を書いた一連のエッセイ集プラス、思い出1編。
 色々となつかしくパリを思い出しました(つっても旅行で行っただけだけど)。
 モンマルトル、モンパルナス、その他その他…
 著者のパリ行きは70年代なので、今と色々違うこともありますが、日本人は既にあの当時から色々フランスで悪さをしていたのは確かですね(笑)。パリじゃあ若い女の子は高級店に殺到するし、フォワグラもシャンパンもフランスから世界一輸入しているのが日本だと書いてあります。それでもう十分悪さなのに(笑)、その10年後ぐらいに更にバブルまで来ちゃうんですから…何だか「ゴメンナサイ」という気分になります。実際、2004年にパリを歩いていても、いかにバブルで日本人が金をばらまいたかわかるシチュエーションが多かったです。前にも書きましたが、バブルはもうとっくに崩壊したんだよ〜、大部分の日本人は貧乏になっちゃったんだよ〜、もうあと20年はパリになんか来られないんだよ〜、と、フランス語ができれば言いたかったなあ(英語ですら言えなかった)。
 驚いたのが、ペール・ラシェーズ墓地が「パリ・コミューン」最後の激戦地、というか虐殺の地だというくだり。この墓地はパリの東の端っこ(21区だったかな…?)にあって、本当は行きたかったのですがどうしてもスケジュールが組めませんでした。有名人のお墓が多く、オスカー・ワイルドのお墓には女性の参拝客が絶えないとか、プルーストもここだし、この本が書かれた当時は、エディット・ピアフも葬られて間もなかったとあります。で、ここで、コミュニスト(で、いいのかな)は墓石や墓穴を砦や塹壕にして撃ち合い、生存者も全て処刑されたそうです。墓場で戦争とはギャグみたいですが、このコミューンってのもそう遠い話じゃないんですよね。「オペラ座の怪人」も本当はあそこまでファンタジックな話ではなく、ガストン・ルルーの原作では終盤はコミューンの時期になってきてかなり陰惨。ヴェルレーヌも、コミューンのせいで失職して奥さんの家に食わせてもらっていた。フランス近代とコミューンは切り離せないようなんですが…よく知らないのでいずれ何か読んでみます(この本にも書いてありましたが、大佛次郎パリ燃ゆ』はフランス人もビックリの詳しい本だそうです)。
 とまあ暗い話はこれぐらいにして、やっぱり食べて呑む話。
 当然ながらパリでは著者は色々飲み食いします。とはいえ、現地の人がよく食べるのに驚いていることが多く、コース途中でギブアップしたり沢山はオーダーしなかったりします。わかる〜。私も実はロブションに行った夜は、夜中に気分が悪くなって眼が覚めました…。肉モノをワインで流し込むのは、そんなに量もなかったしワインもコースにセットになっているグラス1杯だけでさえ、日本人の胃にはダメだったのか…。思えばあの頃から大分胃も弱ってきてたのかなあ。
 リヨンの、ポール・ボキューズさんのお店が最初の方に出てくるのですが、既に辻静雄さんの著書で馴染みの深い人。彼は辻静雄さんと非常に親交の深い人で、数年前にも、この人が来日すると7万円のコースにオバサマ方が群がったというのを雑誌で読みました。辻さんも、料理学校経営のために、フランスのレストランを車で何百軒も回り、最後はやはり肝臓をやられて(肝臓というとお酒ばかりのようですが、カロリーが過剰なら脂肪肝から色々出る)50代で亡くなってしまいました。惜しいことです。
 生活が変わっても、遺伝子レベルから身体が変わるまでは200年はかかるそうです。世代にすると6、7世代ぐらいですか。だから日本人の身体はまだまだ江戸時代で、多分我々の子供か孫ぐらいでやっと「肉向き」になるらしいです。
 全体に非常に考えさせられることも多い本ですが、特に、ワインやシャンパン工場、葡萄畑の見学のくだりに出てくるシャトーの主や、食事に招待してくれた偉い人との出会いが素晴らしいです。彼らのような、かつて日本にもいたが今はいない(と、著者は書く)紳士、というか、とにかく謙虚で品のある人ですね、それが素晴らしい。
 ワインは、旅をさせると疲れるそうで、この本にもたびたび、同じ物を日本で飲むより美味しいとあります。吉田健一さんの本には日本酒が輸出できないのは日本酒が繊細な酒だからだとありますが、ワインもそうなんでしょうねえ。
 フランスへ旅行に行くと、ワインを買って来る人も多いと思います。私もパリではお土産のワインを勧められたし(買うと日本まで送ってくれる)、三越でもワインの配送カウンターがあり、フランスと言えばワインという感じでした。日本にはないものも買えるのでしょうし多少は安いんでしょう。本当に、ワインを買う!!と意気込んで行く人もいるかもしれません。でも、買ってこなくてよかったかも。何よりも、別に安かぁないというのと、1本2本買って持ち帰るのは重いので買わなかった(でもフォワグラの缶詰は買ってきた(笑))のですが、やっぱり持って帰ると味変わるのかも。
 とはいえ、実際にパリで飲んだワインも、最終日のディナーにテーブルワインが1本ついてきたのですが、何かフツーの赤だったし、親にもらったオーストラリア土産のワインも別に美味くも不味くもなかったから、元から味なんてわかる人間じゃありませんがね(笑)。日本で、300円もしないワインで十分(笑)
 (ちなみにそのディナーというのは、ミールクーポンを買っておいたもので、注文しなくても自動的に出てくるコース。7,000円ぐらいしたけど、ぶっちゃけ日本で適当なホテルで3,000円も出せば出てくるコースと味は同じ。日本でロブションさんのお店に行った方がはるかに美味い!!)
 バブル前から、外貨溜め込んだ途端に買い物に繰り出した日本。何でもかんでも舶来ならいいという日本。
 旅行に行ったら何をどう受け取るべきか、考えさせられました。その国を知るって、買い物でもなくて名物を食べることでもなくて…何だろう。振り返れば、私は3日半パリを駆けずり回って、名所は全部行って、その全てはまだ夢のようにいちいち思い出せるんだけど、結局パリとかフランス人とかって何だったんだろうなあ。
 次に行く時は、それこそ20年ぐらいして、もしかしたら着物でも着て、カフェのテラスにぼんやりと座っていたい気がする。