スピッツ『旅の途中』(幻冬舎)

  旅の途中
旅の途中
 既に初版がかなり売れた頃だと思うのだが…
 ファンが期待したような本ではない。ということは、私が下世話な期待をしたほどの本でもないということだが(笑)。いやファンならどんな本でもいいのか。スピッツ自身が書いた本としては、大分前にロッキング・オン社から出た『スピッツ』(『ロッキング・オン・ジャパン』誌のインタビューをまとめた本)以来であり、本人原稿の本としては初めてなのだから。つまりスピッツというのは、本を書かせさえすれば今一番売れるアーティストの1人(1組)である。
 つまりは、また、この出版社の例のあの社長にやられたな、と思う。
 スピッツが本を出したとなると、言い換えれば自分が好きな芸能人の本を買う人というのは(私も含めてだ)、やはりいくらかはプライヴェートのことを期待するものだ。
 そういう期待を煽っておきながら、「え?そんなこと期待してたの?こっちはそんなつもりないよ。」で、売れればいいだけ。
 本が出てもなお信じているのだが、スピッツは(本来)本を出すような人たちではない。これは、私のみならず、買った人は、買ってもわかっていると思う。
 出してるけど。出してるけど違う。何が違うって、利用されちゃったのが。スピッツって、こういう企画に乗る人だったっけ。それだけ口説き方が上手かったのか。むしろ彼らのポリシー(と、私が言うのもなんだが)からすれば、「途中」という「本」を出す自体、音楽活動におけるベスト盤のようなものなのだ。まあ、公式ベスト盤も出ちゃった(これも全シングルを持っている人が買う必要あるのかどうか疑問だが)ことだから、余り目くじらを立てる必要もないのかもしれないが。
 この『旅の途中』には、熱心なファンが知らないようなことは何も書いていない。本を買うほど熱心なファンなら、バンド結成までの経緯、インディーズ時代の活動、その後の活動、音楽に対する姿勢などなど、何の目新しいこともない。音楽活動の軌跡が比較的詳しく書かれているという程度だ。
 つまりは、真面目に音楽をやっている人たちの中途的振り返り話以上でも以下でもない。
 騙された!と、あの社長のホクホク顔を思い浮かべても後の祭り。買った方が足元見られてんの。
 敢えて薦めるとすれば、スピッツのファンなら勿論、ちょっと好きで、自分でもバンドをやりたい、やっている、あるいはデビューしたい、とか、音楽をやっている人には、音楽の話がかなり参考になるのではないかと思う、というだけである。
 まあ、意外だったのは、例の、勝手にベスト盤を出されちゃった事件(「マイアミ・ショック」)で、本人たちは意外と冷めた受け取り方をしていたのだなあとわかったこと。これも今からすればであって、当時本当のところはどうであったのかは、やはりこういう本で語られたところで永遠にわかりはしないことだろうが。つまりは音楽活動を続けるために大人の決断をしたということに尽きるのだろう。
 それと、私自身一番どう評価していいのかわからないアルバム「フェイクファー」が、草野氏自身にも、笹路正徳プロデューサーを”卒業”した後の、一番よくわからないというか、余り気に入っていないアルバムだということには、ほっとしたというか、私もあながち間違ってはいなかったのだなと思った。
 最後に一つ。芸能人本を読んでいてどうしようもなく嫌な違和感の理由を、遅ればせながらやっと気がついた。 
 話し言葉だからだ。
 本を出すには、書き言葉という言葉がちゃんとある。活字にする時に話し言葉のままにするな。それで親近感を抱くとか読みやすいとか思っているのだろうか。ああ腹が立つ。
 余計なお世話かもしれないが、あれほどの日本語の使い手であり、恐らく相当な読書家でもあろう、せめて草野氏だけには(いや他の3人がどうということではないのだが)、きちんとした文章を書いてほしかった。
 いや、恐らくは、もっともらしく奥付に文字数が書いてあるのだが、まさか本人たちが書いた原稿そのままではないのではないか。まとめ方が、いかにもアーティストや芸能人の本を出す時の、薄っぺらい文章なのだ。つまりまとめたライター、構成した人の問題のような気もする。あくまでも推測だが。血が通っていない。
 Amazonカスタマーレビューを見ても、早くも、文章についての違和感を指摘するものもある。この本は、単純に文だけ見ても、かなり無理がある。
 (蛇足。私が話し言葉の本でもまあまあ許せるのは、美輪明宏の本だけである。)