鴨下信二『面白すぎる日記たち 逆説的日本語読本』(文春新書)

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面白すぎる日記たち―逆説的日本語読本 (文春新書)
面白すぎる日記たち―逆説的日本語読本 (文春新書)鴨下 信一

文藝春秋 1999-05
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 面白おかしい日記を紹介していく本ではない(そう思って読んでみたのだが)。「日記の本当に面白い読み方はどういうものか」、「日記は何故面白いのか」についての本である。
 また、「逆説的」というのは、日本語として乱れていたり内容が混乱していたり、正にそこが日記の面白さでもあるという意味。
 既に何十冊も出ている、ただの裏読み・深読み、背景についての知識を相当に絡めて読む「学問的読み方」指南本の末っ子ではない。
 「日記を読むというとすぐに日記の研究になるのが困ったところで」と始まる、本書8ページ’(「はじめに」)。日記には史的史料・風俗史料としての価値もあるが、より一般の読者としては、その日記の著者について知りたくて読む。それを更に進めて、「小説やエッセイ、雑文を読むように軽く楽しく読めないだろうか。」。そして、ミステリを解くような知的ゲームとしての日記の読み方の実例。面白い本だった。
 人の日記を読むということは、その人についての「覗き見」であり、これが楽しくない、という人は少ないだろう。勿論私もそうだ。私も、日記の著者の人間像が知りたくて読む(下世話な興味も含めて!)。研究などにする気は全くない。が、やはり、余り軽くは読んでいないかもしれない。だが著者は日記を、仕事の合間に拾い読みするという。確かにここまで徹していれば、正に日記は軽い読み物として楽しまれていることになる。かといって、浅く日記を読んでいるわけではなく、詳しい読み方もしており、本書でも、従来の「日記研究」では見逃されてきた点についていくつかの「ほほう」な指摘がなされている。肩肘張らずに読んでみても、かなり色々なことがわかると、著者は身をもって実践しているわけである。
 新書という限られたスペースなので、日本人の日記のみ、主に日記の「形式」(口語体か文語体か、天気を記録するかしないか、自分の周辺だけを書くのか社会的なことも書くのか、夜書くのか翌日書くのか…エトセトラ)のみに絞って考察しているが、これだけでも相当なことがわかる、という、正に日記の奥深さ面白さ。あと、日本人がいかに日記好きかということ。
 例として挙げられた日記の引用部分だけをとっても、日記のバラエティの豊富さ、日記の宿命(私的かつ公的、秘密かつ覗き見覚悟という矛盾)に象徴される、人生のおかしさと物悲しさ、人間の心の営みの複雑さもあらためてわかる。
 徳富蘆花石川啄木山田風太郎(この人の刊行された日記は全部読んだのに、著者の指摘したある秘密には全く気づいていなかった!)や、鳥居耀蔵の獄中日記などが登場。特に、木戸幸一重光葵の日記の読み比べは興味深かった。戦時中の戦争批判日記や、戦死した兵士たちのポケットから出てきたメモ帳サイズの日記(日記は秘密漏洩になりかねないのに、軍がこれを配っていたという不思議!)は、戦争関係話はかなり苦手な(大抵の人がそうだろうが)私には辛かった。
 この本を読んで、色々な人の、刊行された日記の、それこそ拾い読みなどできたらとても贅沢なことだろうと思った。そういえば『断腸亭日乗』も読んでいないしなぁ。
 ただ1つ、52ページ、徳富蘆花の日記の引用に『西陽雑俎』とあるのは『酉陽雑俎』の間違い。まさか刊行された蘆花の日記の活字が間違っていたということはないだろうから、本書製作時点での単なる誤植か、著者が「西」だと思い込んで書き間違えたのを校正者も見逃したか。見逃しなら由々しきことだ。確かに知名度は低い書物だが、校正で何が大事って、語法の統一やら誤字脱字は当然としても、その次ぐらいに来るのは人名地名その他の固有名詞だろう。出てきたらどんなものも必ず一度は何かで調べてほしい。