愛新覚羅顕蒅『清朝の王女に生まれて―日中のはざまで』(中公文庫)

清朝の王女に生れて―日中のはざまで (中公文庫BIBLIO)
清朝の王女に生れて―日中のはざまで (中公文庫BIBLIO)愛新覚羅 顕〓@59D7@

中央公論新社 2002-12
売り上げランキング : 250784


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 激動の…
 アップダウンというか正確にはトップからダウンダウンの、でも何をしてダウンと言うかというと…
 …とにかく、中国人はたくましい。へこたれない。別にそれを手放しでホメはしないけど、確かに、スケールが違う。この違いは一体どこから来るのだろうかと思うが、考え始めてすぐやめる。
 名前でわかる通り、著者は清朝の王女、清朝大親王家の筆頭、粛親王の末娘。と言えばどういう人だかおわかりになるだろうし、しかも、父には38人の子女がいた中で、例の彼女の同腹の妹である。
 しかし、実姉とは余り仲がよくなかったようで、この本は、のっけから怒鳴り合いと暴力で始まる。姉についての回想の章はもっと後なので、序章的に、演出として最初に持ってこられたエピソードであるが。
 著者が生まれた時既に清朝は滅亡し、著者は旅順で生まれた。日本の女子学習院で学び、終戦で帰国して何とか生活の基盤を築いた途端に、いきなり逮捕、裁判なしで「懲役15年」。所謂右派狩りである。後から考えると、この国で、しかも繰り返されてきたこういうことというのは、定期的に、権力者が権力を思い切り楽しみたいがために起こることではないかとさえ思う。そして、この15年というのすら長いのに、その後は7年の強制労働。以前に読んだ、別の愛新覚羅家の姫君もそうなのだが、この時代に生まれ合わせ、下手にいい生まれでいい教育を受けていると、ドバッチリ、人生の盛りの時期をそのまんま「獄中」「労働」で過ごすことになってしまう(そして挙句の果てにこの国には教育の空白年代が生まれた。国を担うべき人材の一番いい時を奪い、無教育な世代を作り出してしまったのだ)。
 本人が、幸せ、と思って今を生きているのだからこちらからも何とも言えないが、読んでいて実に忸怩たる思いになる自伝なのは確かだ。
 川島芳子は、あれだけ国内外にあれこれと噂をばらまいた人物であるから、勿論身内とも衝突したらしく、この著者ともほとんど関わりがないし、むしろいい思い出がない(それが、一番わかりやすい紹介が「川島芳子の妹」というのは皮肉だが)。
 だが、著者はこの姉について相当ヘンな人だったように書いているが、著者自身も、相当に気性が激しいようだし、しかもこの気性は、投獄されて身についたものではないらしい。それ以前から、かなりの強気さを示すエピソードが続く。王族ながらおっとりした性格どころか、かなり気が強いのは、元は騎馬民族だから、では説明がつかないが、これもまた、あの大陸に生きる王族が代を重ねて身に着けてきた強さの一面だろう。お嬢様の方が却って強いことは、この人ほか、枚挙に暇がないのだから、本当の強さとは何かということをますます考え込んでしまう。但し、この人同様、お嬢様というのはいつまで経っても、お金に汚くなく、底の所で人がいいもので、そのせいで、苦難の上に、しなくてもいい苦労までしてしまうのもパターンである。私など下々の者が、読んでいてイライラしてしまうのもこういうところである。(ただ、何人かの、こうして本を書けるような「上つ方」の人間の「いいところに生まれながら苦労して生き抜いた」という人生に口を開けているばかりでなく、あの国あの時代の何百万という下々の者が、それこそ虫けらのごとく死んでいったという事実も、勿論忘れてはいけない。読書は大事だが、書かれたことはいつでも、大きな背景のあくまで一つであるということを。)
 ちなみに、私が読んだのは文庫の旧版だが、リンクに挙げた新版ではサブタイトルが「日中のはざまで」となっている。しかし、特に著者が日中関係に何か寄与したという意味ではない。ただ、下手に日本で教育を受け、翻訳に優れ、親日家とみなされてしまったこと、最近になってやっと日本時代の友人と再会したがまるで昨日別れたように語り合うことができたこと、という事実があるのみである。
 ともあれ。
 「こんな、大変なことを、こんなに、ぱっぱかと書いてしまって、いいんですか」
という話が、この時代、こういう人には多い。というか全員。この本も…重い。語っちゃっていいんだろうか、つまり、語られることで軽く受け取られてしまいはすまいかと心配になる、だが、語られなければ永遠に知られることはない―――というジレンマばかりが頭の中をぐるぐるする、そういう本の1つである。

 ※この時代このテの話には10年以上前から興味を持っている。
 今回のこの本の出版の橋渡しをしたのは上坂冬子氏である。氏の『男装の麗人 川島芳子伝』他、関連書籍は勿論とっくの昔に読んだが、レビューする機会がなかったし、まとめて書く時間もないため、今後するかどうかもわからない。関係記事は以前に書いたので、興味のある方はサイドバーの「検索」で検索されたし。)

男装の麗人・川島芳子伝 (文春文庫)
男装の麗人・川島芳子伝 (文春文庫)上坂 冬子

文藝春秋 1988-05
売り上げランキング : 177479


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
西太后―大清帝国最後の光芒 (中公新書)
西太后―大清帝国最後の光芒 (中公新書)加藤 徹

中央公論新社 2005-09
売り上げランキング : 18525


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
評伝 川島芳子―男装のエトランゼ (文春新書)
評伝 川島芳子―男装のエトランゼ (文春新書)寺尾 紗穂

文藝春秋 2008-03
売り上げランキング : 324509


Amazonで詳しく見る
by G-Tools