浅見光彦シリーズと、10年ちょっとぶりの再会。

 この余りにも有名なシリーズについて、今更私などが言うべきこともないのだが、一言で言えばこれまた余りにも懐かしかったので。

 その昔もその昔、今からざっと10年ちょっと前、このシリーズを片っ端から読んだ。確か大学4年で、図書館実習とか、その後の春休み(進学を控えていたのでのんきなものだった)に図書館のバイトをしていた頃だと思う。その頃はまだ真面目に本を買っていたから、買って読んだのか、余りの作品数の多さに、借りて読んだのか、それすらも定かではない(買ったのだとしても大分前に売っちゃって手元にないのだ)。しかしあの時点でもう相当数出ていたから、読んだだけは相当数読んだと思う。
 そして、10年ちょっとが過ぎて、突然むらむらとまたこのシリーズを読みたくなり、とりあえず、「浅見光彦の家 内田康夫公認 浅見光彦倶楽部公式サイト」のデータページのお力をお借りして、以前読んだことのなさそうなものか(でも意外にあの頃からさほど増えていないような気が…もう10年前で既に相当数あったし、内田先生の齢も齢だし…)、読んでいる臭くても、舞台となる場所やテーマが好みのものを選んで借りてみた。
 うーん…
 「こんなに可愛い男だったっけ(笑)」
というのが全て。
 浅見光彦と言えばもう、説明不要の晩生坊ちゃん探偵である。しかし、以前このシリーズを読んだ時は、私もまだ22、3の、しかも確かに多分同い年の人間に比べると3割増の世間知らず。漠然と、浅見光彦と言えば、30代にして、ありえない晩生の男…と知ってはいても、やはり、そんな年頃の女から見れば、十分に大人であり男性だった。
 それが。
 今読むと、ああ確かに、ありえねえ(笑)
 こんな男ありえねえ(笑)
 10年ちょっと経ってみると、漠然とではなく、ああ確かにこんな晩生で甘い男はいない、とよくわかる。
 私にとってやっと、彼は本当に、夢の中の住人になったという感じ。
 「ありえねえ」と思いながらも惹かれて読む女性たちの仲間入りを、やっとしたわけだ。
 偶然だが、丁度ついこの間、私は彼の齢を超えた。
 彼の年齢は、作者が、完全な中年でもなく、さりとて”若者”でもない―――として、設定したもののように思う。確かに彼は永遠にこの齢であるに相応しい可愛げっぷりだ!
 そしてこれから私はどんどん、彼の齢から遠ざかっていく。この可愛い男は、これからは年下になる一方なのだ(所謂、「甲子園球児が年下になってしまった瞬間」のショックと同じ(笑))。あああ。浅見光彦はずっと、”サザエさん状態”で、いくつの事件を解決しても、世の中の流れとは関係ないのに。
 
 これからも続けて読み、あるいは読み直ししていくつもりなのだが、最初に借りてみたのは『ユタが愛した探偵』。沖縄の歴史も風土も好きだし、多分前に読んだことはないはずだ、と思って借りてみて、最後にあとがきを読んでみたら、やはり、これが「旅情ミステリ」(作者本人に最初その気はなかったそうなのだが)として全都道府県のうち最後の、つまり踏破記念の作品なのだそうだ。
 沖縄には2回行ったことがあるが、その時のことを思い出しながら読んだ。この作品では、浅見は、本土と沖縄の、タイプの異なる2人の美女に、かなり積極的にアタックされてしまうという展開なのも、余計、可愛い男だと思った理由かもしれない。
 「ユタ」とは、神や魂の声が聴こえるとか、超常の力を持つ人で、それを商売にしている人のこと。ヒロインは、自分はそうではないと言うが、珍しく生まれつき大変なこの力を持っている。流石に全国踏破最後の作品に回されただけあって、沖縄をテーマに書くのは大変だったそうで、「苦し紛れ」にユタを絡めた、と「あとがき」にもある。だが、「死者の声が聴こえまくり」「未来が見えまくり」という状況と、理窟での解決はうまくミックスされている。むしろ、彼ら(ネタバレになるのでこれ以上言えません)が沖縄をそれぞれ捨てた理由があれっぽっちというのが、ちょっと弱いのでは…。
 しかしだ。この女っ!!
 その霊能力は本物かもしれないけれど、あっちの男を庇ってこっちの浅見に接近、なんちゅうとんでもないこの女は、「霊感少女」扱いで十分じゃ!(笑)
 浅見光彦の、正にもうこの先OKどうぞ進んで下さい状態がこれでもかとやってきても、ありえねえ不甲斐無さ!(笑)。
 ありえねえけれど、彼自身も自分のこの”ありえなさ”には気づいていて、いくぶん自嘲気味な時もある。「こういうときは本当は、女性に恥をかかせないためにもああもこうもすべきで、でもああっやっぱり毎度の事ながら無理っ!」という、思考のぐるぐる状態もまた可愛いですな。
 なんてことを思っていたら、もうすぐ母と妹が沖縄旅行に行くとか。こういう偶然って結構あるのだ。今読んでいる「悪魔の種子」も、裏表紙のあらすじによれば、「花粉症緩和米」がカギ…おお、タイムリー。

 これから読み続けると、前に読んだ分と相当にかぶることにはなるのだろうが、それでもいい。内容もヒロインも忘れてしまっているし。可愛く思えるようになってしまった光彦坊ちゃんを沢山楽しむことにしよう。
 最後に何とか、解説らしきことを書いておくと。
 あらためて読んでみると、文章がかなりかっちりしていて、お手本のように情報が過不足なく次々と伝わってくる、いい文面だと思う。まるで新聞記者出身かと思うほどだが、実際にはコピーライターとCM制作会社出身。あえてこじつけてみれば、自費出版が出版社の目に留まるんだから、いずれは作家となるべき文章の書き手だったのだろう。
 浅見光彦以外の世界は、きちんと現実味が、ありすぎるほどある。そういうリアルな世界なのに、そこに1人、夢の中も夢の中、完全夢の中の住人がふらりといて、1つの事件の現場に現れては去っていく。1作1作が、毎度毎度実世界であり異世界のような、不思議な感覚を味わわされる。これは多くの人がはまるのも無理はないと思う。

 

ユタが愛した探偵 (角川文庫)
ユタが愛した探偵 (角川文庫)内田 康夫

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