入江曜子『我が名はエリザベス 満州国皇帝の妻の生涯』(ちくま文庫)

我が名はエリザベス (ちくま文庫)
我が名はエリザベス (ちくま文庫)入江 曜子

筑摩書房 2005-10-05
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おすすめ平均 star
star美しい文脈で◎です

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 あくまでも小説である。裏表紙にあるのが「ノンフィクションノベル」という、天下のちくまにしちゃあ無茶苦茶な表現なのが気になるが、まあいい(笑)
 内容は恐らく、事実に限りなく近いのだろう。文章はエリザベスこと皇后エンヨウ(字化けするのでカタカタで)の一人称。(最後、モルヒネ―アヘンではなく、それをやめるためと称して処方されたモルヒネ中毒だったことになっている―で朦朧としている人間のあれこれと詳しい一人称、というのは矛盾するが。)
 何と言っても文章が美しい。だからつい一気読みしちゃうんだな。ニクい。
 あと、初めて知ったのだが、彼女はフランス租界育ちの、むしろ当時の中国人にしては開明的な人だった。それが、よりによって一番古めかしい家に嫁ぐ、というのがそもそも哀しい。歴史には往々にしてこういうことがよくある。
 彼女のことが詳しくわかると同時に、やはり今まで表から、男性中心に教えられてきた現代史の出来事や男性の登場人物が随分と違って見える作品でもある。特に、フギ(同、字化け回避のため)の『わが半生』に騙されている人には是非読んで欲しい(ちなみにこの”自伝”も、勿論ゴーストライターが書いたものである。私も、入江さん自身もそうだったように、感心して損したクチである(笑))。
 彼女が最も嫌い、実際には即位もせず、一番その役割を果たさなかったのが「満州国皇帝の皇后」であったはずなのだが、サブタイトルが「満州国皇帝の妻の生涯」とあるのは何とも皮肉だ。そういう深慮あってのタイトルか、はてまた単に、こうつけておいた方がわかりやすいからという、セールスのためなのか。
 入江さんは、私は最初にジョンストンの『紫禁城の黄昏』の共訳者として知った(但しこの『黄昏』も現在では「完訳」と銘打ったものと、更に最近「新版」という、削除された部分を復活させたほかに固有名詞の誤りも直した完全版が出ている)。自由と言う「聖」を求めたエンヨウに対して、出世や栄耀栄華という「俗」を求めた(あとがきより)”最後の后妃”李玉琴の生涯も書いているので、そちらも読んでみたい。
 いずれにせよ、関連の本は既に色々読んできたけれど、まあこの最後の王朝の人々の運命ってのはスケールがデカすぎてついていけない、ってのも本音である。
 『清朝の王女に生れて』とかも、ブログでレビューしたけど、ほんとに、とにかく運命が二転三転しすぎるわアップダウンが激しいわで、とてもとても、あたしゃ庶民でよかったよと思いました…。ああそうだ、愛新覚羅恒懿『世紀風雪』(上・下)(日本放送出版協会)も凄かった。
李玉琴伝奇 満州国最後の〈皇妃〉
李玉琴伝奇 満州国最後の〈皇妃〉入江 曜子

筑摩書房 2005-02-18
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star痛快な貴人「李玉琴」

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