井上祐美子『朱唇』(中央公論新社)

 

朱唇
朱唇井上 祐美子

中央公論新社 2007-02
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 短編集で、ヒロインは全て妓女。金陵(南京)や蘇州など、江南地方のお話です。
 特殊な世界の女性たちの、彼女たちならではの様々な美しさ強さを描き出し、そこに男たちの悲喜こもごももからませた、味のあるお話たち。とにかく上手いな、と思います。この人の作品は。
 それと、やっぱり、江南っていいですね〜。
 水。何たって水。水の都。水の都の花も川も美しく、月は輝く。そして茶も酒も飯も美味い(笑)。水がいいから食い物が美味くて米食文化。日本人には北方の文化よりも馴染みがあります。そうそう、食は広東にありというぐらいですから(金陵は広東じゃないけどね)、基本的に中国ってのは南半分は食べ物のいい地域なんですよね。いや勿論景色も素晴らしい所なんですが。何と言うんでしょうか、こう、「南の方」には、どこを切っても「潤い」ということばがぴったりきますね。読んでて、私の肌まで潤うんじゃないかというぐらい(笑)。
 そうした、水の都に、うたかたのように浮かんでは輝いて消える妓女たち。哀しさもあるんだけれども、ユーモアや誇り(彼女たち自身は、誇りだなどと思わない所がまたいいのだ)を持って輝ききる姿が、卑近な言い方をすればかっちょいいし、彼女たちを取り巻く男性陣も、物語のために登場する情けない男もいるけれど、ちゃんと描かれる人々は妓女たちに劣らず男前。そしてこの本も、やはり宋や明の末、混乱の時代を舞台にしています。国が移り行く時代と、ただでさえ入れ代わりの激しい花街でも、その中にしっとりとした物語が織り込まれている。
 個人的には、「歩歩金蓮」ですね。夢がある〜。”風流天子”徽宗(ってちゃんと変換されるし!)を描いた作品の中で、ここまで夢があるのもないんじゃないかしら。男性が読んで、自分がもしこの物語の徽宗だったらと思うと嬉しくて泣くんじゃないかしら。一度、「紫禁城の至宝」だったかそんな展示を上野で見た時、この徽宗の描いた絵も見ましたが、確かに上手かったですね〜。皇族に生まれなければ贅沢三昧で趣味に没頭はできないけれど、皇族に生まれちゃったばっかりにうっかり皇帝の座がめぐってきてしまって…。中国ではたま〜にこういう立場の人が生まれるんですよね。何事もとにかくあの広い土地の懐の広さと言いますか。
 食わず嫌いをしてはいましたが、歴史家ぶらない珠玉の作品は楽しめました。
 なお、この本は執筆活動中断後の復活作だそうです。いや、この人に時の断絶はない。