賈英華著 林芳監訳『最後の宦官秘聞 ラストエンペラー溥儀に仕えて』(NHK出版)

 

最後の宦官秘聞―ラストエンペラー溥儀に仕えて
最後の宦官秘聞―ラストエンペラー溥儀に仕えて林 芳 林 芳 NHK出版

日本放送出版協会 2002-08
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おすすめ平均 star
star正直、おもしろい。
star一気に読みました
star一人の人間としての宦官のエピソード

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 先日の、凌海成著、〔文武〕華・衛東訳『最後の宦官 溥儀に仕えた波乱の生涯』(上・下)(河出文庫)の記事には、「別の人のも借りてあるので」と書きましたが、この本も同じ孫耀庭さんでしたすいません。
 この方が一番長生きというのもありますが、逆に言えば、孫さんの回想にもあるように、宦官の多くの末路は悲惨で、そもそも戦乱で多くの人が死んだ中で彼らもその運命も免れず、或いは城を一歩出れば不具者としてどう生きることもできず悲惨な最期を遂げた。だから生き抜いて語れる人というのは本当に少なく、正に「ラスト宦官」のポジションを独占しているのがこの孫さんなんですね。多分今後この「最後の宦官」ジャンルの本が出るとしても、同じこの孫さんの手を変え品を変え程度なんだろうなあ。(李蓮英という手もあるけど)
 今回の本の最後の方にもあるように、孫さんは最晩年は天然記念物的扱いで”保護”されていたような状態だったそうです。長生きって、凄いですね。前回の本が書かれた頃は80代後半でご存命でしたが、今回の本には90代で亡くなったとあります。
 私としてはどうしても、先に出た方に肩入れしちゃうってのもあるし、今回の方は原本が長大なため、出版社(多分現地の)の要請で1.当時の宦官の生態、2.溥儀たちの宮廷生活に絞っての抄訳になっており(それでも長い)、前回の上下刊がちゃんと幼少時から晩年まで「生涯」を詳細に描いているのに対し、今回のはどちらかといえばどうも卑近な興味で読む人にも堪えるようになっているのがちょっと…。つまり、「宦官は見た」「大奥」的な部分、正直ちょっと下品な部分も余さず描かれていて、ああやっぱりこういうのが求められてるのかなと。しかし、前回の本とかぶるとはいえやっぱり面白くて一気読みではありました。ただ、今回のは幼名もなくいきなり「耀庭」で出てきたりするので、やっぱり前回の本も読んでおかないと片手落ちかなと。何だかんだで、同じジャンルに複数の本があれば、内容はかぶるくせに絶対全部読まなきゃいけないようにはできてるんだな世の中って。
 NHK出版って、結構この「清ラスト波乱万丈もの」、出してますね。以前ちょっとだけ感想を書いた、愛新覚羅恒イ(字が出ない)、李珍・水野衛子・横山和子・佐野ちなみ訳『世紀風雪 上 幻のラスト・エンペラー』『世紀風雪 下 清朝皇族の末裔達』もNHK出版だった。
 ただ、NHKってつくといきなり権威があるように思えちゃう傾向もどうかなあと。やっぱり、先に出ている『最後の宦官 溥儀に仕えた波乱の生涯』も読んで欲しいですね。これは詳細です。今回の本には描かれていない、溥儀の紫禁城退去から再び溥儀に仕えるまでの冒険と辛酸もかなり詳しいし。新しい本が出ると「上書き」的に前の本の価値がないかのように思われるのではないかと心配です。
 さて、宦官の歴史は殷の時代からというのでまあ考えるだけ無駄なぐらい長いですが(三田村泰助『宦官―側近政治の構造』中公文庫が未だにスタンダードだと思う)、日本にはない制度ですねえ。何でかはよくわからないけど。ともかく、宦官に関する本を読むたびに思うのは、ほんとに人間扱いされてないな…ということです。権力者といえども人間ですから、人が人を使うということには、相手が人間でない方が気が楽なのか、それとも本気で人間に「人間」と「人間でない」の区別があると思っていたのか。鹿島茂さんのフランス宮廷関連の本にも、王というのは使用人を人間とは考えていないからこそ、却って、風呂や着替えを見られようが部屋におまるがあって人前で用を足そうが平気だったんだそうです(でも「公開出産」は流石にやりすぎだろ…見てたのは一般人もだし…)。そういえば、皇后エンヨウもおまるを使っていたそうですが、彼女は流石にまともな神経では辛かったようです。
 こうして、卑屈になることに慣れきった人々が、革命だと言われても困る上に、儒教では最大の不孝「子孫を残せない」を既に犯している。外へ出ると色々な意味で糾弾され蔑まれるわけです。主人公の孫さんは更には文化大革命も生き抜く。この文化革命中の、誰が地主で誰がそうじゃないかっていう基準も無茶苦茶で、寺住まいの孫さんも何故か「寺の財産を管理している」とみなされたか「地主」に。とはいえ、めぐりめぐって事なきを得、そのまま国の仏教関係の仕事について平穏な晩年を過ごす。うーん。やっぱり、生き延びたモン勝ちだなあ。
 本の内容全てが本当かどうかはわかりませんが、なるべく正直に生きる、骨惜しみをしない、人とむやみに争わないなど、大変な時代を生き延びた人の生涯には、いつも何かしら得るところはあります。
 しかし宦官ほど異常ではないにしても、出世したり生き延びられたりするのが結局、能力ではなく(あるに越したことはないけど)、「人に好かれるかどうか」だってのは胸が痛い。サラリーマンだってつまるところそうじゃないか。孫さんはそういう、人に好かれるタイプなんだそうで。羨ましい。
 それに、人に腰を屈め続けることは、サラリーマンでも変わらないような気がするし。「すまじきものは宮仕え」は真理だろう。世の中自分を屈せずに生きることなどできないけれど、できればしたくない(笑)。自分を騙したくはないけどやたら我を通すのもまずい。バランスですね。
 
宦官―側近政治の構造 (中公新書 (7))
宦官―側近政治の構造 (中公新書 (7))三田村 泰助

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