帰って来たヨッパライ―「まつや」にて

まつやにて酒

 えー昼間わけのわかんないことを書いたので、最後はさわやかに…と、丁度今日は夜開館ということで、「藤田嗣治展」を見てきた。北の丸の「国立近代美術館」。大手町の駅から歩いたので、まず駅の出口の将門塚にお参り?してから、去年と全く同じ日付同じ曜日に、「大手濠緑地」で今年最後の花見。あ、今日は相方が出張で、明日帰ってくるのです。
 展示自体の感想は後でブログに書けたら書く。
 あのあたりは周りに、毎日新聞社のくっついた「パレスサイドビル」ぐらいしか飲食店がなく、美術館にも「クイーンアリス・アクア」(あのクイーンアリスです!)が入っているが、メニューがハイソすぎて一人では入れない(すっごく美味しそうなのにね〜)。
 結局、竹橋から一ツ橋を経て白山通りを北上すればすぐ神保町、右へ折れてえんえんと歩けば小川町…
 そう、ここまでくれば絶対「まつや」だろ、「まつや」!ということで。(一旦神保町界隈に出てしまえば飲食店は多く、誘惑されるのだが)
 時計を見たら、美術館からきっかり30分歩いていた。でも、一ツ橋界隈から神保町までは、昔このあたりに勤めていた頃歩き回っていたのである。神保町の「すずらん通り」など懐かしくてとても、長くは感じなかった。
 小川町の駅をちょっと過ぎて、あの「千両みかん」の「万惣」が見えてくる頃、「まつや」である。
 金曜の夜、19:00過ぎということで、いつも混んでいるこの店は、行列ができているかと危惧もしたが、幸い誰も並んでいず、席もあった。
 左前に、2人並んだOL。右隣は向かい合ったサラリーマン2人。絶好のポジションである。どちらにも気を使わなくていい。この店は入れ込みなので、長いテーブルの全員が一人客だと、全員が全員に気を使いまくり、くつろげたもんじゃないのである。
 そうだ。今日こそこれができる。あれだ。
 「ゆばわさびと、あったかいの1本下さい。」
生涯初の、「蕎麦屋で酒」である!
 だって本当に寒かったんだもの。昼間はあったかかったけど、日が落ちると寒かったんだもの。既に美術館を出る頃から胃が痛くなって…(じゃ飲むなよ。)
 東海林さだおが「刺さってる方がイイ!」と嘆いた、何故か串に刺さっていない「焼き鳥」も気になったのだが(一緒に焼いてあるネギもムチャクチャうまそうだ!)。焼き鳥は700円、「ゆばわさび」は600円なのである!(ケチだなあ)
 お銚子(正確には「徳利」だ!)1本とお猪口。写真の、このただの白いの、未だに手に入らない。江戸っ子の酒はよくある民芸調のではなく、こういうのがいいんだそうである。確かに、口当たりがいい。いずれ合羽橋ででも見つけるか。
 清水義範など読みながら待つ。いや偶然だから、これほどこういう時にピッタリの作家もない。
 ビール、お酒などアルコールを頼むと、小さな器になすりつけた「蕎麦味噌」が出る。これと、到着した「ゆばわさび」でやる。早速、手酌でお猪口にほどよく注ぎ、「かっ」とやる。
 日本酒は、昔は舐めるようにちびちび飲んでいた。しかし、「かっ」と口に放り込まないと、酒に弱い私は飲めないことにこの正月に気がついた。
 1枚1枚が厚めで、実にいい生湯葉だ。わさびを軽く巻いて醤油につけ、口へ。おお、うまい。うますぎる。絶妙だ。全体にこの「まつや」は決して安くはないが、この湯葉一つでこんなに美味い。あなどれぬ。(腹減ってたってのもあるけど、美味かったよ)
 湯葉が1枚の皿に6枚だか8枚だか乗っている、その最後の1、2枚の頃、酒が回り始めたのを感じる。おお、胃の腑からあったまってきやがったぜ。その間にも、「かっ」を繰り返す。当たり前だが手酌だ。
 でも、徳利の中身はまだ半分近く残っている。
 実は、左前のOLも、左隣に私よりやや遅れて座った初老のスーツの紳士も頼んでいるとろろが気になっていた。これは、消去法で考えると、お品書きでは「わさびいも」になっているらしい。うーん、「とろろ」って書いてくれよ。「ゆばわさび」も「とりわさ」もあって紛らわしいんだから。
 焼き鳥だって食べたかったさ。でも1人のつまみにはやや多いさ。
 「ゆばわさび」の皿が下げられる。この頃、愈々酒が回って、目の前がぐらぐら、手足の感覚があやしくなる。どんどんあやしくなる。相当にやばい。
 隣の隣のサラリーマンが読んでいる漫画が、リイド社版の「鬼平犯科帳」。出来すぎである。
 そんなことを思っている間にも、「酒で火照った口中にそばをすすり込む快味が」とか、池波文章が浮ぶ。
 「ここって、いつもこうなんですか?」
と件の紳士。怒っている風ではなく、初めてらしい。
「ええ、もっと早い時間でもこんなですよ、5時とか6時とか」
「誰もおそば食べてないじゃないですか…」
まあそりゃ、蕎麦はシメだからな、とは言わずにおいた。あーたこそここに何を食べに来たのだい?
「でも夜も早いんでしょ?」
「のようですね…」
うん、俺も話にしか聞いてない。
 「あの、この”そばとろ”っていうのは…」
わかっていつつも一応確認。おそばをとろろにつけて食べるんですよ、とのこと。
「じゃあそれをひとつ…」
ふふふ。そうなのだ。とろろが来るなら、それをつまみに、残った酒が呑めるではないか。ははははは。(だからケチだなあ。)
 合計金額など計算。2,050円也。そう、いつも食べている「天もり」(1,900円也)さえガマンすれば、その分つまみが食えて酒が呑めるのだ!(でも究極の選択だな。ここの天ぷらを食ったら他の天ぷらは食えん)
 待っている間にもどんどこどんどこ酔いが進む。写真のごとく、ぽつんと残されたお銚子と猪口の所在のなさ。箸袋の裏を見れば、このお店の蕎麦は全て手打ち、つなぎには鶏卵を使用とのこと。えっ!あんなにぽくぽくさっぱりした蕎麦が卵なの!信じられない。
 また清水義範など読み進める。
 「もう暖簾を下げますが(下ろします、だったかな)追加のご注文はよろしいですか?」
この入れ込みの店で一体どう1人1人の注文を憶えているのだろうと思うお姉ちゃん。時に19:35。ラストオーダー19:35!!!蕎麦屋の終いは早いとは聞いていたがこれほどとは!「看板までいたよ」ってまだ8時じゃん!!
 ちょっと待って「そばとろ」が届く。もり一枚の蕎麦に、お茶碗ほどの椀に、いい具合に調味され済みで、添付のネギとわさびを待つばかりのとろろ汁が。 
 おお、これで最後のつまみじゃん♪
 ズルズル〜。かっ。
 談志師匠の弟子への教えの一つは、「わさびはツユに溶かすな」だそうだが(元弟子・立川志加吾談)、すまん、師匠、ここは溶かす。全部溶かす。
 ズズズズ〜。
 ああ、一合なのに飲んでも飲んでもなくならないのね。
 ようやくなくなって、またとろろをズルズル。
 もうやばい。何が何でも蕎麦食って帰らねば。
 ズズズ〜。今度は蕎麦ね。ネギも全部入れた。
 しかもこの場合、かけ系蕎麦と違って、このまま蕎麦湯が楽しめるではないか。
 蕎麦は言うまでもなくぽくぽく、美味いよ。
 残った汁に心置きなく蕎麦湯。
 と こ ろ が !
 「一杯だけいかがですか?」
左隣の件の紳士がお銚子を…
「あ、どーもすいませ〜ん。」
受けてしまったか、俺!
 酔っ払っても顔に出ないせいかねえ。ちょっと上気するぐらいで。
 あー、しかし、こういうのって、大年増のヘチャムクレだからできるのよ。10代や20代の子供じゃできないわ(そもそも10代で酒呑んだらまずいって)。
 「かっ」とその一杯を投げ込んで、もう一杯、もう蕎麦湯だけの蕎麦湯で何とか落ち着こうとする。もう相当酔っ払ってるのである。
 愈々本当にラストオーダーらしいのが、19:45。ところが、この時点でまだお客さんが入ってくるのである。それは拒まない。
 いつもは、奥の方のレジに行って自己申告(勿論ちゃんと控えられているだろうけどね)で会計するのだが、暖簾が迫っているせいか、テーブルで払っている人がいた。そこで私も、お財布を出してアピール。ぴったり2,050円用意して、
「お召し上がりものは、ゆばわさびと、そばとろと、お酒…1本ですね?」
「ええ、1本です。2,050円だと思いますけど」
「2,050円ですね、ありがとうございます」
そう、池波正太郎も、江戸の心遣いとして、タクシーでも何でも、予めぴったり用意しておけと言っているのだ。ふふん。
 「じゃあ、どうも有難うございました。」
と件の紳士に軽く会釈などし、店を出る。
 言うまでもなく足元、見る人が見れば酔っているとわかる。
 外は…畜生、寒いじゃねえかようううう!!!!
 …というような文章を考えながら呑んでいるんだから、自分で嫌になる。
 というわけで、店から30分ほどで帰ってきてしまって、20:30。だからまだ半分以上酔ってんの・・・
 夜更かしはいけないので何事も早いのである。
 ということで今日はおやすみなさい。