今更ケラー♪―ローレンス・ブロック「殺し屋ケラー」シリーズ 

 出会ったのは10年近く前なのに、おっとろしいことに一度もちゃんとブログに書いていなかった。こういうもの、今後も発見されるのだろうか…面倒だなあ…
 

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 このところは、自分の持っている本で常々読み返したいと思っていたものを読み返していた。ローレンス・ブロックの「殺し屋ケラー」シリーズ。
 新婚旅行に第1作を持って行った(そしてその時が既に再読だった)ことは憶えているから、出会ったのはもう10年近く前。なのに、おっとろしいことに今まで一度もちゃんとブログでオススメしていなかった。何てこった。でも当たり前か。このブログ始めたの、丁度そろそろ丸6年前だもん。
 このシリーズを読み返すのはこれで3、4回目。
 7月の9、10日、久々の仕事の直前には第1作で連作短篇『殺し屋』(Hit Man)を、それからここ4〜5日かかってやっと、第2作で現時点で唯一の長編『殺しのリスト』(Hit List) を読み終え、一昨日から第3作で短編集『殺しのパレード』(Hit Parade)を読んでいる。(タイトルは勿論音楽用語とかけてあるのだが、最初に「殺し屋」としてしまったせいか、イマイチ邦題では生かせていない…)
 この「殺し屋ケラー」シリーズは、ブロックの「アル中探偵マット・スカダー」、「泥棒探偵バーニイ・ローデンバー」に次ぐ第3のシリーズ・キャラ…ということになるだろうか。個人的には一番好きなキャラなのだが。
 淡々として皮肉っぽい内容と文体。元々ファンはそういうものだろうが、ブロックの文体は大好きだ。あと、ケラーが生粋の都会人(マンハッタン人)であることも、個人的には特に好みだ。私も東京生まれ東京育ちで東京在住で、「『便利さと手軽さに慣れている人』に慣れている」ので、ケラーのような、都会でさくっと暮している人には親近感がある。好きなキャラと通じ合う感じがするのは実に嬉しいことだ。
 スカダーシリーズの雰囲気も(ちなみに現代ではアル中を克服している)、バーニイのコミカルさも好きなのだが(ケラー>バーニイ>スカダー)、作品数は少なくても私にはやっぱりケラー。ケラーがカッコイイ。数年ごとに読み返したくなる。ストーリーは大体憶えてるのに面白い。
 殺し屋を「カッコイイ」とは決して言ってはいけないのだろうが、カッコイイ。それはプロだからの一言に尽きる。「職業に貴賎なし」とはよく言ったものだが、貴賎はなくとも是非はあるだろうから、殺し屋とは勿論、許されざる職業なのだが…。
 「犯罪者なのにカッコイイ」と言えば、さんざん口を酸っぱくして宣伝している、「怪盗ニック」シリーズと共通する。ニックはそもそも殺し屋ではないし盗みのためでも殺人はしない(止むを得ず傷つけることはよくある)が。しかし、やることが犯罪であろうと、徹底してプロの仕事のありようを描くことでカッコよくできてしまう…それこそ正に作家。書く方こそプロなのだから。
 命令を受けて、依頼人の名も、何故その相手を殺すのかも知らず、ただ、飛行機に飛び乗って、仕事をして帰ってくる。時間をかけることもあれば、その日のうちに済ませることもある。案内人がいることもいないこともある。殺害方法は様々。勿論依頼人の希望に応じて、事故死や自殺に見せかけることも。
 ヘマをやって警察に捕まっても、何も知らないのだから依頼人に累が及ぶことはない。全くもって、(報酬も高いのだろうが)、自分の不都合を殺人で解決しようなどという輩に都合のいい存在。しかしケラー自身、別に自分の境遇を嘆くでもなく、(気がついたら殺し屋になっていたのだそうで…)報酬で何不自由なく暮している(ちなみに、かなりモテもする)。
 しかしただ行って殺して帰るだけでは物語にならない。依頼の遂行ストーリーにケラーの個人的問題が絶妙に絡んでくる。
 ケラーの年齢は不明だが、双子座であることは書かれている。若くもなく年寄りでもなく、分別のある齢ではあり、自分を確立してはいるが、時に迷ったり、思わぬ出会いに思わぬ自分を発見したり…。しかし勿論ウェットにはなりすぎず。何故なら彼は殺し屋だから。結局は揺らがない。揺らぎそうで揺らがない、彼が「仕事」をこなすとホッとさせられるという、奇妙なシリーズ(笑)。
 ケラーの仕事と私生活、そして趣味を絡め、第1作『殺し屋』は連作短篇になっている。そして、殺し屋が狙われるという奇妙な状況にケラーの心理描写がこれまた見事に重なる長編『殺しのリスト』。再び短篇に戻って、『殺しのパレード』。
 この、『パレード』も、『殺し屋』同様、一応連作になってはいる。単独の短篇でもある作品と、中篇よりやや長い作品の組み合わせ。特に、「ケラーの適応能力」や、「ケラー・ザ・ドッグキラー」といった長い作品は、もう面白すぎて、一気読みできない状況ではムチャクチャ辛かった。スタイリッシュさが特徴といえた『殺し屋』や、ケラーが狙われる長篇ではあるもののややこしさという点ではまだまだの『殺しのリスト』に比べれば、依頼人と顔を合わせてしまったり、住んでいるマンハッタンでの殺人を簡単に引き受けてしまうなど、イレギュラーさも際立っているし、個人的な問題がバンバン出てくるし、かなり危険な橋を、以前とは比べ物にならないほどあっさりと渡ってしまうケラー。しかし、焼きが回ったというわけでもない。ブロックによれば、ケラーは40代後半であり、作中で齢は取っていないらしいから、いつまでも男盛り、分別盛りのはずだ。ただ元々引退願望は第1作からあり、かといって虚無的でもなげやりでもなく、何だかんだ言いながら仕事がないとやっぱりクサるところもある、根っからの殺し屋さんである。だからこそ、『パレード』でのイレギュラーさの理由を私なりに納得するには、もっともっと行間を読まなくてはならないのだろうか。ブロックのわかりやすい文章でそれはとても難しいが(笑)。まあいつまでも楽しみの尽きないキャラクターというわけである。
 是非最新長編『Hit&Run』もとっとと訳して頂きたい。
 また、シリーズの魅力には、ケラーの良き上司?ドットの存在も大きい。依頼人から、或いは単数か複数の仲介者を経由して得た仕事をケラーに渡す元締役(第1作の元締め老人から、第2作以降稼業を引き継いだ)。中年の女性で、容姿の描写はないが、ごく稀にケラーの近所まで出てきた時は有閑マダム風。その見た目とは裏腹に、時にケラーをも驚かせる度胸が…。彼女とケラーには勿論面倒な感情はないが、2人の会話のテンポの良さ、皮肉っぽくも、理解し合っていることがよくわかる掛け合いがたまらない。恐らくはケラーを最も理解している人間だろう。ミステリ小説に出てくる女性キャラでは私の中で3本の指に入る大好きなキャラクターだ。お母さんかお姉さんか、年上の友達に欲しい。
 今一番…というか、前作が出てからずっと、「一番続きが読みたいシリーズ」だ。先に挙げた、未訳の最新長編『Hit&Run』は2008年だから、出るとしても今年後半以降か。何とかしてくれい出版社&訳者!『殺しのパレード』の訳者あとがきに、この『Hit&Run』のあらすじが書いてあり、かなりキツい話だ。そして、結末からするとどうもこれでケラーシリーズは打ち止めらしい。ええ!?完結と思われる結末って…ケラー死んじゃうの??これまで何度もピンチをカッコよく切り抜けてきたのに?『パレード』でどんなにややこしい状況になったって、自分に一番有利な解決が、いつもできる男なのに!?そんなのヤダー!ヤダー!この、「ヤダー!」の気持ちを表すためなら、やれと言われれば子供みたいに地面に転がって泣き喚いてもいいぞ(…あくまで物の喩え)。
 同じくそのあとがきによれば、スカダーシリーズも現在邦訳が出ている最新作で完結っぽいし、そういえばバーニイシリーズももう大分止まってるな…愈々か、ブロック!?確かに、死ぬまで書くのではなく、引退っていうのも、もう十分すぎるほど地位も名誉も得た作家なら、あってもいいと思うが。でも…作者として、いつか表明してほしい気はする。「このシリーズはこの作品で実はおしまいなんだよ〜」とか。そうしたら、私も気持ちの整理をつけ、ケラーを心の大事な、居心地のいい場所に(ダルグリッシュ警視長やニック・ヴェルヴェットと一緒に)しまって、いつまでも愛し続けることをあらためて誓う。