パパは列のど真ん中―山田風太郎『育児日記』

山田風太郎育児日記
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 昨夜、寝ようとしたところでこの本を読み始めてしまい、1時間半ほどで読了。
 「山田風太郎」+「育児」。時代も変わったもんです。
 今となっては、もう没後5年、小説以外の原稿も多く本になり、プライヴェートな山風を見ても何ということはありません。それに、別に当時から、”忍法帖”のイメージが崩れる、という戦略はなかったようです。生前に刊行したもの以外の日記がこれまで出なかったのも、山風自身が死後も刊行するつもりはないと言っていたせいでしょう。
 しかしそういう「公開禁止」の日記がぼんぼん出ちまうわ(戦後の日記なんて山風の恋愛&新婚日記)、育児日記とまでくれば正に、「一家総出」で売られてしまってますなあ。
 何でも読みたいが、ちょっとご本人の心情を考えると複雑、というありがちなファン心理に、山風ファンも遅ればせながらなりつつあります。
 で、山風には申し訳ないけど、この日記も色々面白かったですね。
 育児日記といっても勿論マジ育児をしていた記録ではなく、妻子の観察日記(笑)長女が生まれて中学に入るまで(その間に長男も誕生)の、言ってみれば一番親らしくあれる日々の記録。
 「ちょっと作家でちょっと医学部出身の、普通のお父さん」。
 実はこの本の元になった原稿は、通常の日記から子供に関する記述を可愛い日記帳に抜き出したもの。何とそれは嫁ぐお嬢さんへのプレゼント。山風、実はかなりのパパちんです。まあそれが普通なんでしょうけど。
 細かい面白いところを挙げたらきりがないです。全部です(笑)子供を持つ山風読者、子供が欲しい山風読者、恋人募集中の山風読者、婚約中の山風読者…アレ?全部?によろしい。
 「居職」ですから、サラリーマンよりは子供と接する時間は多く、子供の可愛いノックについつい書斎のドアを開け、仕事のはずがついつい相手。子供の発言に苦笑し驚き(本当に親の言葉をよく聞いてるもんですな)、奥さんとしつけをめぐって微笑ましい喧嘩をし…相当な親バカっぷりを発揮する風パパ。長女には赤ん坊の頃に酒を飲ませ(!)…ついつい色々子供で”実験”しますな、親ってのは。いやまあ、普通のお父さんですよ。うん。
 けれどその中にも非常に作家らしい視線や、医学部出身らしい記述もあり。
 何に関してもそうですが、山風という人は本当に、仕事での熱意と遊び心、ごくごく普通の愛情、仕事に対しても家族に対しても判断のために必要なクールさ、をいいバランスで持ち続けた人だということが、この本でもよくわかりました。(小説の読者としては、やはりこうした人間的なバランスのよさは、緻密かつ大胆な推理小説や、奇想天外とされる小説を実は厚く裏づけする知性に通じると思います。)
 自分が結婚しているので、山風から見た、母となった妻の姿も興味深かったです。色々、こぼしてみたり少しやっかんでみたり子育ての姿にやきもきしたり。恋人時代には戻れないけれど、何かしっかり繋がっているというか。(前作に当たる『戦中派復興日記』は夫人との結婚の前後。青春の山田風太郎も必見。) 
 「この3人を本当に養えるだろうか」と、並んだ寝顔を夜中に見て思う山風。これはもう、父親たるもの一度はする体験でしょう。偶然か必然か、丁度そういう時期に忍法帖が爆発的なブームになり、終の棲家となる多摩ニュータウンの豪邸に引越し(忍法帖御殿ですな)、もう経済的には苦労がなくなる。山風は、「家族の運」にもとても恵まれた人ですね。
 お嬢さんの巻末エッセイによると、職場結婚を決めた時、結婚相手の人品を確かめるために、山風は奥さん同伴で会社を訪れ、上司などに評判を聞いたとのこと。これが親バカでなくて何でありましょうか。勿論、普通にしっかりした親だということですけどね。本当は子供の結婚には、これぐらいすべきだと思います。(そういうことも会社が迷惑がらない、いい時代でもあったんですなあ)
 上司「ところで山田さんはどんな小説を」
 「佐伯表紙」の忍法帖出すわけにはいかんわな…。
 「私にとってはよい夫でした。」by夫人(『忍法創世記』巻末エッセイ)
 「自分は『列外』にいる。父はよくそんなふうに話したり書いたりしていました。(略)でも、家のなかでは父が真ん中でした。(略)母がどんなときにも『お父さん中心』で動いていたから、自然とそうなったのでしょう。」by長女(この本)
 この両方の言葉が好きです。
 山風、ちゃんと真ん中になれたじゃん!
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